隠居たるもの、幼いころの憧れをそのまま心に隠し持つ。「燃えよドラゴン」が公開されたのは1973年12月。ジャンパーを着たいたいけな9歳児が受けた衝撃を、想像していただけるだろうか。口をあけたまま声も出なかった。焦がれるほどに憧れた。一緒に映画館に行った友人のお父さんが大工さんで、彼はお父さんに端材でヌンチャクをこしらえてもらって、黒いビニールテープを巻いてこれ見よがしに持ち歩くようになった。うらやましくて仕方なかった。「考えるな、感じろ」とは、劇中のブルース・リーの震える名言である。
TOKYO ART BOOK FAIR 2019
展示を入れ替える合間の東京都現代美術館(MOT)で7月12日から15日まで催されている、個人や小さなグループが趣味で作るZINEやその他グッズを販売するフェアのこと。ZINE(MAGAZINEやFANZINE・ファン雑誌を短略化)は、今やアートブック界の最先端になりつつあるという。「近所でがんばっているのだし、ロビーの一画を使うような小癪な古本市くらいのものだろうが、現代アートラバーを自負する以上、顔を出しておかねばなるまい」と、隣接する木場公園をウォーキングするついでに、面白半分に馴染みのMOTに足を運んでみた。
まったくもって油断していた
「びっくりしたなあ、もう」なのである。すごい人出!みんな若くて、さりげなくオシャレ。しかも英語、中国語、日本語が飛び交う。ロビーの一画どころか、とても広いMOTのロビー全域と地下展示室まるまるにブースが設置され、活気にあふれかえっている。Tシャツやエコバックのセンスもやはり異常に高い。こちらはというと、少しは配慮したとはいえ、そのままスーパーのオオゼキに買物に行く予定のいでたちで、ついさっきまで、公園を歩きながら「夕食はサバの竜田揚げにしよう」などと呑気に献立会議をしていたのである。気圧されるばかりで、ひとまわりしてすごすごと退散した。道すがら、清澄白河駅からMOTに流れて来る人波は切れそうになかった。いやあ、御見逸れしました。
Don’t think,Feel!
渋谷のヒカリエで、急ぐこともなかったから、ゆっくりエスカレーターで5階まで昇っていた。すぐ上段に、キラキラした「美魔女」ふたりが同じように急がず語らっている。会話が聞こえてきた。
「近頃さ、渋谷の人出、多くなってない?」
「ええ?そうかな?昔から多いし、同じくらいじゃない?」
「やっぱりそうか…。そうだよね…。近頃さ…」
「どうしたの?」
「人混みに疲れるんだよね。歳のせいかな…。」
あんなに気合タップリのあなたたちだって「庭」である渋谷に疲れるんだもの、無防備な私が今日のMOTで尻込みしたのも仕方なかろう。ブルース・リーが経験していない歳を生きる私たちは、「考えるな、感じろ」とばかりも言っていられない。感じるだけにしてたら、億劫になることが増えるばかりで、そうなると間口が狭くなる一方だ。それを咀嚼しながら、探求し対策を講じ門戸を開いていこうじゃないか。ああ、もうすぐ隠居の身。「感じるのなら、考えろ」これが大事だ。