隠居たるもの、若い者に大切にされての侘び住い。私は深川のそこそこ築の古いマンションに暮らしている。降って湧いたようにここ10年ほどでこのあたりが人気地区になったため、売出しがあってもすぐに埋まる。おかげで、マンション全体に世代の偏りがなく、赤ん坊から90代までが満遍なく網羅されている。

「これ、お土産です。」

予定していた宅急便もすべて受けとった午後9時近くのこと。インターホンが鳴った。「はて、なんだろう?」とパジャマ姿で出てみると、マンションで懇意にしているご家族の次男坊が立っていた。ひょろりと背の高い彼の後ろに小柄なお母さんもニコニコ控えている。彼は、ボンカレーのような大きさの薄い箱「どて焼き」を手にしていた。

マフラーを新調したから

2年半ほど前だったか、アラフィフを超えてすっかり50代になったので、鮮やかなものを身につけた方が気分も華やぐからと、マフラーを明るいものに新調した。首は1本しかないのに、マフラーばかり何本もある必要はなく、大学に通う男子が2人いるこのご家族に、従前に身につけていたものを「よろしければ」と差し上げた。何本かあったものを兄弟で分け合ったそうだ。このひょろりと背が高い次男坊は、そのことをとても喜び恩義に感じてくれていたのだという。照れているのか、その夜には「それじゃ」と言ってそそくさと自宅に戻ってしまったのだが、後にお母さんにそう聞いた。

バイト料の行方

彼が大学生になってから、近所の洋菓子屋さんでバイトする姿をよく見かけていた。最初のまとまったバイト料は自動車免許を取得するのにあてたのだそうだ。その後に貯めたバイト料で、初めて自分のお金で、初めて自分たちが行きたいところに、初めて友達だけで大阪に旅行に行ったのだそうだ。そして、お土産を渡したいと思う人に、自分のお金でお土産を買ってきたそうだ。

「なんか、初任給みたいなもんなんですよ」とお母さんは嬉しそうだった。渡したいと思う人の一人だったなんて、こちらも感激ひとしおで、ちゃんと成長してるなと思うと顔もほころぶ。どて焼きは、そりゃあ美味しかったさ。

もはやひとつの町内

うちのマンションには、分譲の時から住んでいるご隠居で「マンションなんていうけどさ、所詮は西洋長屋だろ?」とおっしゃる方がたくさんいらっしゃる。その通りですな、ご隠居。

ああ、もうすぐ隠居の身。町内の若い者に、楽しく目をやる日々である。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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