隠居たるもの、苗場の空を気にかける。2021年8月20日から3日間、出演者を国内アーティストだけに絞ったFUJI ROCK FESTIVAL’21が開催された。「今年も行くの?」まるで季節の挨拶かのように尋ねてくださる方もいた。なにせ過去23回のうち21回、延日数66日のうち51日、それだけ現場に身を置いてきた(つれあいだって私につきあわされて20回で50日)。私は基本的に「開催すべきでない」派、今回は白馬 散種荘でYouTubeのライブ配信を観ることにしていた。しかし、ともに観ようと約束していた友人家族が新型コロナウィルスの猛威を考慮して(当たり前のこと)旅行計画を中止、そしてこのところの大雨のあおりを受けて私たちも諸々予定を組み直す必要に迫られる。こうしてライブ配信はとどのつまり東京の我が庵で受信することになった。
「自分が出入りすることはないだろうけど、その店を責める心持ちには到底なれない」
要請に応じず酒を提供している飲食店に対して「自分が出入りすることはないだろうけど、その店を責める心持ちには到底なれない」そう思っている。大っぴらにやっている店が近所にもいくつかある。立地や面積および従業員の数を勘案すると、ただでさえ遅れている休業補償金の額面ではとても持ち堪えられないのだろう。そしてインターネットで思い詰めた人から「フジロックに行く人みんな地獄に落ちてほしい」とまで非難された「フジロック」、同じように抜き差しならないところまで追い込まれていたのだと推察する。この1年半、昨年のフジロック中止をはじめ主催興行会社SMASHの仕事はすべて吹っ飛んだ。しかもそれに見合う補償なんぞからっきしない。「開催」はさぞや苦渋の選択だったに違いない。
「行くも地獄、引くも地獄」
3日目の夕刻、ホワイトステージに出演したヒップホップユニット THA BLUE HERBのラッパー ILL-BOSSTINO(49歳)、彼は音楽を止めカメラ目線でこう語った。(一言一句正確なわけではないが)「行くも地獄、引くも地獄。出るにしても、出ないにしても、みんな苦しんだ末でのことだ。ここにたどり着けなかった奴らだっている(新型コロナに罹患して直前にキャンセルになった出演者もあったそうだ)。みんなもそうだろ?それに、このフジロックでガッポガッポ儲けようなんて奴はいないよ。もしかしたら持ち出しかもしれない。やらない方がいいことだってわかってる。でもやらないともうなくなっちゃうんだ。全国のライブハウスだってそうなんだけど、もう立ちゆかないんだ。『中止にしろ』というのなら、補償を出してください。(帽子をとって頭を下げて)お願いします。決めてそれが実際にできるのは政治家、あなたたちだけだ。そしてここにいるみんなにも頼みたい。今回ばかりは『やるな』と言われたことはやるな!『やれ』と言われたことはやってくれ!そして健やかでいてくれ。」
SNS等で出演することを攻撃されていたのだろうか、若いバンドのMCは苦渋に満ちていた。それに比して、「硬派の兄貴」は真っ向勝負。2日目の暗くなったばかりに登場したChar(66歳)もカッコ良かった。相変わらずこの人は恐ろしくギターが上手い。多分、世界一上手い。一刻も早く人間国宝に認定すべきである。彼は登場するなりマイクに向かって何かを言いかけて、そのまま何も言わず「ふっ」と笑った。「ギター弾きは呼ばれたところでただギターを弾くだけだ」といった確信的達観のなせる技だった。
「みんなロックンロール好きか?」
「おお、これはダイナソーJr.もしくはソニックユースであるな?」yonigeとか羊文学とかを聴きながら、これまで知ることもなかった若い女性バンドに驚いた。もうひとり、カネコアヤノ。可愛い顔を歪めて「日常の違和感」を歌う。そう、かつてフジロックというのは「ガサツに同調を求められる日常に耐え難い違和感を感じ、音楽をよすがにどうにか持ち堪えている」といった風情の、ケンカが弱そうな文化系音楽愛好者のものだった。
思い出す。2002年グリーンステージ、ザ・ハイロウズの甲本ヒロトは2万人ほどの観衆を前にこう語りかけた。「ロックンロールが大好きで、普段からロックンロールな生活をしていると、オレみたいなヤツ全然いないんじゃないかって不安になる時があるけど、昨日ここに来て、いろんなステージ見て、ここにはオレみたいなヤツが何万人もいるって知って嬉しくなった。死ぬまでロックンロールでいようなー!」みんな泣いた。夏のイベントとしての評価が上がるにつれ、「盛り上がる」ことが主目的なパリピ(パーティーピープル)が割り込み、それこそガサツに勢力を拡大する。いい迷惑だった。ライブ配信で観るかぎり、観客をほぼ3分の1に減らし酒の提供もなくなって、(もちろん皆無でなかったのは承知しているが)馬鹿の比率が大幅に下がったんじゃないかと見受ける。悩みながらもマスクを外さず「聖地巡礼」する音楽愛好者たちの手にフジロックが帰ってきた、図らずもそんな意義がもたらされたようにも思えた。
「怒りの矛先を間違えるなよ?」
自宅周辺をブラブラしながらのフジロック、1日目はつれあいの仕事の手伝いがあってアトリエのパソコンでくるり、2日目は昼からビールを飲んでAJICOを聴きながらうたた寝、3日目は墓参りを終えてからゆっくり鑑賞。快適で悪くない。気候の塩梅など現地の隅々を熟知しているから配信映像でも臨場感を味わえる。プロジェクターに切り替えた最終盤、孤高のマッドプロフェッサー平沢進を経て、大トリ「前科者」ピエール瀧を擁した電気グルーヴがドンドンと音を出すやいなや、酒類の提供があったこちらでは「おかえり〜、瀧〜」と少し酔っ払ったつれあいが踊り始める。
そういえば、私たちが2日目の終わりに観ていたのはナンバーガールなのだが、その裏でトリを張っていたのはKing Gnu(キングヌー)という若い人気バンドで、その主要メンバー常田大希はインスタグラムにこう綴ったそうだ。「色んな人生、職種があって多種多様な”誠実”がある中で、法律や行政命令が俺達民衆の最大公約数な訳で(健全な民主主義前提)、皆んなその中で必死にそれぞれの業界を守るため働いている。怒りの矛先を間違えるなよ?」このところテレビ報道でよく見かける在宅診療に特化したクリニックを運営する若き医師がオーバーラップする。8月来、彼は生死の境にある在宅コロナ患者のために日々奔走し、医療崩壊した現状にあらがい私たちに警鐘を鳴らし続ける。その日も朝からずっと駆けずり回っていたそうだ。疲れ切って一日の仕事を終え、シャワーを浴びてテレビをつけた。すると東京都知事が着物を着てうれしそうにオリンピックの閉会式で旗を振っていたそうだ。絶望的な怒りを感じたという。
将来、「実は恥ずかしいことなのですが、あの年のフジロック、現地にいたんです…」「え?実は私も…」ひょんなことからそんなふうに知り合った人がいたとする。あっという間に親友になるに違いない。しかし今は、とにかく健やかでいよう。ああ、もうすぐ隠居の身。私は「音楽の力」を信じている。