隠居たるもの、時機をうかがい横着をする。長野県にも「まん延防止等重点措置」が適用されることになった。白馬の飲食店は、1月いっぱいは休業、2月に入ってからもまん防の期間である20日までは時短の上に酒類の提供はなし、おおむねこうした営業態勢で足並みをそろえたように見受ける。つれあいが信頼を置き、インスタグラムをフォローしているkoubo-nikkiというパン屋さんがある。そこに「HAKUBA PIZZA が美味しい」と紹介されていた。この際である。いっそのこと白馬での食バリエーションを拡張すべきと考え、2022年1月27日午後6時20分、私たちは近くにあるこのデリバリーショップに夕食を発注するため電話をかけた。

https://koubonikki.wixsite.com/koubo-nikki

Googleマップを開く電話口の向こうとこちら

白馬村はその基本理念を「多様であることから交流し学びあい成長する村」と明文化している。実に素晴らしい。人口9,000人ほどの山間の田舎でありながら、仕事に勤しむ外国の方々を日常的に見かける。HAKUBA PIZZAを経営する方も多分そうなのだろう。ホームページの文章が、独特に揺らぐ翻訳ソフトを介した「英語→日本語」センテンスなのだ。ホームページにおいて“ホーム“もしくは“Home“と表記すべきところを“家“としてしまっているのもなんとも微笑ましく愛おしい。メニューからMargherita(マルゲリータ、いま話題の新大関 御嶽海のママはマルガリータ、長野県木曽郡在住)とOniku(お肉、ペパロニ・ハム・ベーコン)のそれぞれMサイズ、加えてグリーンサラダをチョイスする。

https://www.hakubapizza.com/

つれあいが電話をすると、第一声で「どちらのペンションですか?」と尋ねられた。なるほど宿泊先から夕食もしくは夜食に注文する方々が多いのだろう。従業員は日本人のようだが、「いや、なんというか一戸建てなのですよ」と伝えてからが難儀した。散種荘ができあがったのはせいぜい1年と4ヶ月前、住所を打ち込んでも未だカーナビなどに正しく表示されない。「遠い」というほどではないが、少しも近くないところで「目的地に到着しました」と案内が終了する。電話の向こうとこちらでGoogleマップを開き、「ああでもない、こうでもない」と道順を解き明かす。あたりはすでに暗く、目印となるようなものはすべて雪に埋もれている。「わかりました!」と向こうの元気がいい割に、正確に伝わったという自信をこちらは持てない。

言っておくが、雪国のデリバリーは原付バイクなんかではやって来ない

注文して30分ほど経ったころ「これから店を出ます。5分後くらいに届けられると思います。お支払いは現金のみなので、4,200円を用意しておいてください」と電話があった。白状すると、少しワクワクしていたのだ。ピザのデリバリーなんてどれくらいぶりになろうか、見当もつかないくらい昔のことだ。しかも朝からゲレンデに出ていたのでランチは軽く、すでに風呂も済ませてお腹はペコペコ。そう、少しどころかとっても楽しみにしていたのだ。なのに5分はとうに過ぎている…。やっぱり道に迷ってやがる。

「散種荘と登録しておきなさい」

HAKUBA PIZZAの四輪駆動の軽自動車がようやく散種荘を見つけたのは、電話から15分くらい経ってのことだった。つれあいが語るところによると、配達してきた者はいたって弱ったような顔をしていたそうだ。今後のこともあるから、登録しておくよう噛んで含んで伝えたという。まあ致し方あるまい。−2℃の夜を10分余計に潜ってきたのだから、さぞかし冷えてしまったかと思いきやそんなこともなかった。空腹の夫婦は、会話もそこそこ久しぶりのデリバリーピザを貪り食べる。それはとてつもなく美味しいわけではないけれど、チェーン店などないこの雪国で、しっかり作り焼いた本物のピザが食卓に直接に届くのは誠にありがたい。

一夜明けるとチーズが熟成したのか

ピザを食している最中、テレビがないから、DAZNを介したW杯最終予選 日本対中国戦をプロジェクターで映写していた。常と変わらず森保が差配するつまらないゲームだった。スポーツバーのような風情ではあっても、脇では薪ストーブが炎を巻き上げ、窓の外には細かい雪が静かに落ちる。しかし「同じ味を食べ続けるのは飽きるだろうから」との理由で頼んだピザ2枚をすべて食べ切ることはできなかった。これも寄る年並み、それぞれ2切れずつ合わせて4ピース(0.5枚分)を翌日のおやつに残すことにした。それが驚いたことに、チーズが熟成したとでもいうのか、翌日に温め直して口にするととても美味しくなっていたのだ。またひとつ発見してしまった。今後に注文するときは、翌日にどれくらい残したいかを含めてメニューを考慮することになるだろう。ああ、もうすぐ隠居の身。「多様であることから交流し学びあい成長する村」はなんとも素敵なのだ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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