隠居たるもの、落ち着いた折ににわかに気づく。2021年11月、暑いんだか寒いんだかよくわからない陽気が今も続く。だからといってさすがに半ズボンをあらためて引っ張り出すほどに暑くはなく(半ズボンで歩いている若者を見かけはするが)、だからといって例年の11月に穿いていた厚手の長ズボンではどうにも汗をかいて暑苦しい。こうしたときはアウトドアブランドの薄手で機能的な長ズボンに限る。2年ほど前であろうか、神保町のTHE NORTH FACEで手頃なセール品を見つけ喜んで買い求めた。動きやすいし乾きも早い。以来、気に入って頻繁に脚を通している。しかし先日のこと、ジッパーを上げてウエストをぱちっと止めようとしたところ、容易にボタンが重ならない。この2週間ほどで、腹回りがぽってり決壊していたのだ。

2週間に及んだ「野放図」

白馬村のお隣、大町市の中心 信濃大町駅の駅前通り(駅から300メートルくらいか)に「信濃大町のソウルフード」とも称される俵屋飯店という店がある。素ラーメン、少なめのチャーハン、餃子3個、キャベツと漬物、このAランチで770円(税込)だ。味も私の好みの「ザ・町中華」、「余計なことしなくていいんだよ」といつも思う。店を出て同じく感動しきりのつれあいがこう言った。「余計なことをしない、というのが実はむずかしい」良かれと思って「余計」なことを重ねているうちに、本来の妙味がわからなくなってしまう。北アルプス国際芸術祭で度々訪れたことをいいことに、この店に2日連続で通う。餃子に肉がみっちり詰まっていてなるほどと思うのだが、こちらはもともとは精肉店だったそうで、ならばと2日目はチャーシューメンを頼んでしまった(つれあいが注文したうま煮のBランチから餃子をひとついただいて)。

もちろんたった2日の中華料理店通いで腹回りが決壊するわけがない。たまたま飲食店の時短要請が解除された10月25日に後輩に誘われ飲み会をしたのを皮切りに、10月27日に白馬できれいどころの襲来を受け、私たちが用意したものの他にもこの人たちがまた「これを食べてみろ」「こっちもつまめ」と勝手に気ままなものだから、東京オリンピック組織委員会のお偉方と違って食べ物を粗末にしないようしつけられているこちとらはせっせと楽しく食べ続け、そして彼女たちが去った後もとっかえひっかえ少人数での会食を昼夜に重ねていたら、いつしか気づいたら決壊していた、とこういうわけだ。それではこの2週間にすべての原因が求められるのかというと、これまたそんなわけはない。なるたけ外に出ない生活が定着し、それにつれて当初のように意識してウォーキングすることも疎かになり、だからといって日々に酒を飲むことはやめないし、ジムに通って筋力トレーニングはしているからうっすらマッチョになって満足しているものの、そいつは実のところ有酸素運動ではなく、そんなこんなで腹回りは着々とダブつき続けていた、ということでもある。そしてなんとか持ち堪えていた最後のダムが、この2週間で崩壊したのだろう。

ダースベーダーは潜水作業中

「馬肥ゆる秋」というが、馬は本当に秋に太るのだそうだ。食べ物が多く実る秋にたくさん摂取し、脂肪を蓄えて食べ物の少ない冬に備えているのだという。愚かな種である私たち人間、そうした戦略的な習性を持ち合わせてはいない。冬には冬で「年末年始だから」とこれまた暴飲暴食をする。だらしないだけだ。11月5日の金曜日で一連の会食モードが一段落したのを受けて、私たち夫婦は意を決して「ダイエッター」に変身、自らを戒め引き締めることとした。身を縮こませる寒気がくる前に身体を動かそう。まずは小名木川遊歩道に降りる。するとどこからかダースベーダーのマスク越し呼吸音のような「シュー、コー」という音が聞こえてくるではないか。見上げると「潜水作業中」というのぼりが秋空にはためいている。佳境を迎えた護岸工事のため、潜水作業員が小名木川を潜っている。万が一の事故が重大なものとならないよう、小さなスピーカーが水中の作業員の呼吸音を岸辺に流していたのだった。「今日も身体を張ってらっしゃるのだなあ…」とズボンの上からはみ出した自身の腹回りを少し恥ずかしく思う。

2.5kg オーバー

久しぶりに体重計に乗ってみようとすると電池がなくなっている。いったいどれくらいの期間、体重計に乗っていなかったのだろう。気が緩んでいた証左だ。私が所有する衣服は概ねスリムフィットなので、タガがゆるんでこのままウェストが太くなり続けると「気合」ではどうにもならない。カツカツの我がファイナンスに「買い替え予算」など計上していないし、そのために仕事を探すなど愚の骨頂、滑稽の極みだ。慌てて電池を買い求めて乗ってみる。ベストの体重からして2.5kg オーバー…。(ベスト体重で暮らしている期間の方が実のところは圧倒的に少ないから、「ほぼ快適」という基準からして1.8〜2.0kgオーバー)待ったなしギリギリのタイミングであった。

朝ドラの時間にクレーンヴュー

勇(村上虹郎)が、ドラマというより映画の存在感で「兄さんは気づいてねー思うけど、わし、あんこのことが好きなんじゃ」と告白し、あまりの衝撃に兄の稔がキャッチボールをやめてしまったとき、窓のすぐ向こうで巨大クレーンが「ギィー」と大きな音をたてて動き出す。今日の護岸工事が始まった。この1年、この重機は警告ともとれるエバンゲリオンのような効果音を朝にあたり一帯に振り撒いた。朝ドラの前に見ていたニュースでは、会期終了まであと2日となったCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)のホスト国イギリスのジョンソン首相の記者会見を放送していた。結局、最終合意文書は課題を羅列するだけで期限も強制力も記載されないお飾り文書になるようだ。それについて彼は「現実的」という表現を使っていた。往々にして既得権の上に立つ者が「現実的」という表現を使うとき、つまりそれは課題を少しは認識しながらも、これまでと同じように先送りにして現時点では「なにもしない」ということを指す。「このまま毎日3時のおやつを食べ続けると壊滅的に太ってしまうという事実は共有する。しかし、おやつを食べるのをやめるとか、1週間だけ猶予するとか、食べてもそれを週1回にするとか、はたまたノンカロリーのものに代替するとか、そういうことを決めるのは現時点で『現実的』ではない」と言っているのだ。またひとつ、「余計」なことが重なる。本当の「現実」は「先送りしたら今のズボンはもう穿けない」というところにすでにある。私は少なくとも体重を2.0kg減らすことに決めた。ああ、もうすぐ隠居の身。さてウォーキングに出かけるとするか。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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