隠居たるもの、渡る世間の変遷を、現地に立って思い知る。話には聞いて頭の片隅に置いてはいたが、あらためてその場に分け入ってみるとビックリする。平日だったからかもしれないけれど、瀬戸内国際芸術祭を観覧している人のほとんどが、“インバウンド” さん、つまり外国からやって来た方々だったのだ。ニューヨーク・タイムズが今年発表した「52Places to Go in 2019」(2019年に行くべき世界の52の場所)でも、日本で唯一「Setouchi Islands」(瀬戸内の島々)が第7位に選ばれたそうだ。とりわけても、香港や台湾からいらしたと思われる若者のグループが元気で目につく。

I took many photos.

豊島美術館の前で、レンタサイクルにまたがった、そんな若者のグループに、つれあいが “写真を撮ってほしい”と頼まれた。彼らのパワフルな「若気の至り」が好ましい。つられて張り切り何枚もシャッターを押したつれあいが、考えてひとこと “I took many photos.” とiPhoneを返す。「何枚も撮ったから、チェックしていいのを選んでね」という意を伝えたかったそうだ。すると、日本語を解すると思しきリーダー格の子が「どうもすいません」と恐縮した。どうやら「仕方ないから何枚も撮ったわよ」という意に受け取ったようだ。とはいえ、彼らは悪びれるでもなく、そのままみんなで嬌声を上げながら、あっという間に下り坂に消えていった。なんともすがすがしい。

豊島美術館がいちばんのお目当て

アーティスト・内藤礼と建築家・西沢立衛による「豊島美術館」は、豊島は唐櫃(からと)の小高い丘にある。前にも触れたことがあるが、あそこに身を置き自然と一体化する時間は、「スピリチュアル」な体験といっても言い過ぎではない。写真撮影が禁じられているので、ポストカードを載せることしかできないが、どちらにしろこの美術館の素晴らしさは “そこに立った” 者にしかわからない。(参考:https://matome.naver.jp/odai/2141363571371249801)だからこそ、瀬戸内国際芸術祭の中でも最も人気がある。また、そういう美術館であるから決まった人数しか中に入れてもらえないし、もちろんのこと待たされる。10月10日木曜日、12時過ぎに着いた私たちがもらった整理券は13時30分入場分だった。

これは世界の共通認識だ:“おじさん”は派手なシャツを着るべきなのだ

綺麗な海と棚田を眺めたり、買っておいたおにぎりに手をつけたり、少しだけ小説を読んだり、島時間を過ごしながら自分の番を待つ。気がつくと、似たような色合いのシャツを着た異国の同年輩がふたり並んでいた。そういえば、こちらから言葉を発さないかぎり、少し派手なシャツを好んで身につけている私に、スタッフは英語で語りかけてきたっけ。もちろん、流暢な日本語で返すけれども…。そうか、隠居を視野に入れた者が華やかな紋様のシャツを着るのは世界では共通認識で、そうしている私は “インバウンド” さんに分類されるというわけだったのか。ご同輩、若作りするでもなく老けこむわけでもなく、そうさなシャレオツでいこうじゃないか。

とにかく、豊島は混む。6年前に訪れたときに比べれば、レンタサイクルも増えたしバスもある。しかし、そこは離島、これだけの人気をカバーするだけの交通インフラを整えようがない。「豊島美術館だけは訪れてみたい」という方は、恒常的に開かれている施設であるから、会期外に行った方がよいだろう。

インバウンドの片隅で

高松で拠点にしていたホテル「天然温泉 玉藻の湯 ドーミーイン 高松中央公園前」も外国からのお客さんでいっぱいだった。ビジネスホテルではあるのだが、そうしたお客さんへの趣向満載で、とても快適だった。大浴場が悲喜こもごもの修羅場となった1日もあるにはあったけれど…(それもご愛嬌)。あまりにも高級リゾート化してしまいもう行かなくなったものの、ニセコもそうだった。入った居酒屋で日本語を話すのは私たち夫婦と店員さんだけ、背後でオーストラリアの人たちが合コンをしている、なんてこともあった。そう、彼らのおかげで活況を呈するスポットで、私たちはちゃっかりそのおこぼれにあずかってきたのである。出かけようじゃないか。「外国語を勉強してみようか」なんて気持ちにもなる。ひとところに閉じこもっていると、知らぬ間に閉塞した“不寛容な社会”の「立派」な構成員になってしまったりしかねない。

ああ、もうすぐ隠居の身。旅とは解脱の道すがらである。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です