隠居たるもの、港にそれぞれ女がいるわけがない。そんな過去を持ったこともない。憧れていたのかどうかすら、すでに定かに記憶していない。それにしても、日常的に“非常”が起きる港には頼もしい女性がいるもので、「この人がいなければこの港はどうなってしまうんだろう」と唸るような、高いテンションを維持できる方が高松港にもいらっしゃった。その人は、おそらく私と同世代で、「OL」の制服を着ていた。

この時期、高松港は国際的港湾都市

瀬戸内国際芸術祭会期中、高松港は勝手がわからない観光客でごった返す。フェリーの便数が電車のようにあるわけもなく、また乗船可能な人数の上限は決まっているから、乗船券を購入するために並んだ列が誤っていたり、乗船する船を違えたりすると取り返しのつかないこととなる。インバウンドあふれる高松港を担当するボランティアのみなさんは、語学もできるしもちろん優しい人たちばかりなのだけど、要衝地でかつハブであるがゆえの多岐にわたるリクエストに対し、ちょっとピリッとした感がなくて不安が残る。だから自ずと港に早目に行き、間違いがないか繰り返し確認することになる。10月10日、もっとも人気のある豊島に10時05分出航の高速フェリーで渡るつもりでいたから、9時には港に着いていた。すぐにフェリー乗船券購入のための列に並ぶ。9時20分の臨時便は無理だけど、目標にしていた便にはまちがいなく乗れそうだった。

TO TESHIMA ?

ところが “非常事態” が発生した。その人は使命感に燃えた。肩の下あたりまで伸ばして少し色を抜いてちょっとパーマをあてた髪、事務服として長年にわたって着こなしてきた制服、胸の前で「10:05」に大きく「✖️」をつけたA4の紙をゼッケンのように掲げて、少しハスキーな声を張り上げながら列に並んだ人たちに注意を喚起する。9時40分くらいだったろうか、私たちが目標にしていたフェリーは、エンジントラブルで欠航になった。次は10時45分だが、それは直島を経由する便であったから、同時刻に豊島に直行する便も臨時で出すことになったようだ。乗船券売り場担当の彼女は、片言の英語と中国語を駆使して、お客さんをこの列に誘導したボランティアを引き連れて、お詫びしながら「TO TESHIMA ?」と目的地を一言で確認、色の異なる整理券を手渡しながら乗客を振り分け、もう並ばなくていいように規定の時間より早く乗船券の発売を開始した。なんともエネルギッシュ。そして、聞こえてきた圧巻の啖呵(たんか)に痺れてしまった。

「小豆島が混じっとるやんけ!」

列の中に、中国系とお見受けした若い女性がいた。「TO TESHIMA ?」と聞かれた彼女は、困惑しながら「Shodoshima…」と答えた。ボランティアを呼びつけ、外国からのお客さんの肩に手を置き、「小豆島が混じっとるやんけ!」とドスの効いた啖呵のような喝を入れながら、彼らに託す。前日から「この人はただ者じゃないなぁ」というオーラを感じていたのだが、やはりこの港はこの人でもっているに違いない。とにかく、混乱は収束した。私たちのフェリーが出港した後、この港でOLの制服をたったひとり着ている彼女は、海を眺めて「ふっ」と一息つくのだろう。カッコいい。

酒甫手 (さかぼて):地方都市の居酒屋が好ましい

その日の夜は、この旅の最後の晩だった。インターネットで調べて、ホテルにほど近い瓦町の居酒屋:酒甫手(https://tabelog.com/kagawa/A3701/A370101/37003010/)さんにうかがった。酒も肴も本当に美味しかった。高松育ちの女将さんとの語らいも楽しかった。大阪府が関西国際空港を埋め立てて面積を水増しした結果、香川県が日本でもっとも小さい都道府県に降順したことがどうやら癪にさわっておられるようだった。また来れるといい。ああ、もうすぐ隠居の身。港港に懇意の女性がいるのも悪くはない。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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