隠居たるもの、おっとり刀で神保町へ。象徴ともいえる三星堂が建て替えのため2022年3月いっぱいで取り壊しになるとしても、神保町といえば本屋なのである。そして神保町といえばカレーなのである。そのうえ神保町といえばスキー・スノーボード用品なのである。2021年10月21日、私はゆえあって大慌てで神保町に足を運んだ。来る冬シーズンに向けてスノーボードブーツとビンディング(ボードにブーツを固定する道具)を新調するつもりだったのだが、10月18日に発売されたばかりのお目当てがあっという間に品薄になっているという情報をキャッチしたからだ。そうそう街中に出ることもない生活を送ってきた昨今、だとしたら、カレーも食べなきゃならないし、馴染みの本屋にも寄らなきゃならない。せっかくだったら神保町フルコース、それが「人情」というものだろう。

共栄堂と東京堂書店、お決まりのコースをたどる路地裏に

神保町といえばカレーなのである、とはいえ私はスマトラカレー共栄堂でしか食べない。それもポークカレーしか注文しない。混雑を避けるため12時45分くらいの遅い昼食になるよう都合を整え、何ヶ月ぶりになろうか久しぶりに念願の共栄堂のカレーにありついた。スパイスが深くからみついてそれでいてサラッとしたこのルーがたまらない。それにしても、神保町界隈の会社はテレワークが進んでいて「出社人口」が減ったのだろうか、以前はもっと混んでいたはずだ。街の人出自体が少なく感じる。飲食店の生き残りは、緊急事態宣言が解除されたこれからが実は正念場なのかもしれない。

神保町といえば本屋なのである、とはいえ私は東京堂書店にしか行かない。この店のセレクトと品揃えに絶大な信頼を寄せているからだ。知性をもって「多様性の牙城」たらんとするその姿勢に敬意を抱く。(日本橋のタロー書房も同様)こうした書店をつぶしてはならない。だから私は東京堂書店(とタロー書房)で本を買う。(探しているものがこれらの店で見つからないときに初めてamazonを使う。)共栄堂でお腹を満たし、靖国通りを渡って古本屋の間の細い道を通り抜け、いつものコースで東京堂書店に向かう。ゆっくり40分ほどかけて3階建ての店内を物色し、「そういえば読んだことなかったなぁ」とガルシア・マルケス「百年の孤独」、「そういえば少しずつ読み進んでいるから先を用意しとかないとなぁ」と「大江健三郎全小説4」、「そういえば死んじゃったんだよなぁ」と橋本治「思いつきで世界は進むー『遠い地平、低い視点』で考えた50のこと」の3冊を買い求めた。「定点観測を終え気も済んだことだし、さあスノーボードブーツを探しにいこう」と店を出る。なのに私の足はもと来た道を少しだけさかのぼる。やっぱりあのポスターの写真を撮っておきたいと思ったからだ。

私はステップオンを所望する

神保町といえばスキー・スノーボード用品なのである。とはいえ私は、数ある店のどこを選べばいいのか露頭に迷ったあげく結局はヴィクトリアに入ってしまう。スノーボードというのは、リフトに乗るときにボードから片足だけ固定を解く。降りてからまた固定し直す。そのためにいちいち腰を下ろす。そして両足を一本の板に固定したまま立ち上がる。この一連の動作をリフトから降りるたびにするものだから、それが初老にさしかかった者にはけっこうつらい。私が長年にわたって愛用するBurton(スノーボードの元祖)という米国メーカーが、近年ステップオン(立ったままパチっとはめられる)というシステムのブーツとビンディングを作っている。従前のものが相当にくたびれたところだし、次のシーズンに思い切って新調しようと計画していたのだ。モデルとデザインを確認しようと20日の夜にインターネットにあたったところ、すでにメーカーオンライン直販サイトではサイズがなくなっている。それで大慌てでショップに駆けつけた、つまりはこういうわけだ。

結局、店でも売り切れていた。最初から限定生産品で数が少ないんだそうだ。ただ(確約できないが)今も作っているものが11月になって入ってくる予定はあるという。仕方がないから予約だけしておいた。そもそもスキー・スノーボード人口が減り続けている日本に製品をたくさん回したりもしないのだろう。それにしても、石橋楽器が角にある交差点から靖国通りを小川町にかけて、あれほどズラッと並んでいたのに…、11月ともなれば大変な賑わいだったのに…。スキー・スノーボード用品店はすっかりと店数を減らし、活気なくひっそり閑としていた。ゴルフ用品に鞍替えしている店もあったり…。格差が広がり、若者はウィンタースポーツから遠のいた。スキー場がインバウンドさんに頼りきりになるのもさもあらん。なんとも寂しい光景である。

「居酒屋の灯を消すな」

神保町といえば小さな居酒屋である。とはいえ私はここに馴染みの店を持たない。しかしポスターを見てこう思った。「居酒屋がなかったら、こちとら今頃どんな人間に成り果ててたかわかったもんじゃあございませんや」だから「居酒屋の灯」を消さないため、いささかなりとも力は貸したい。そしてこうも思った。前段「知らぬ同士が 小皿たたいて チャンチキおけさ」でも一例を紹介したが、「新型コロナ禍、善良な客が遠のいた隙に居酒屋はタチの悪い客に乗っ取られたのではないか?」すると善良な客は寄りつかなくなる。「悪貨は良貨を駆逐する」というやつだ。スマトラカレー共栄堂同様、居酒屋もこれからが正念場に違いない。同時にこうも思った。「『このポスターはいいんだけど、でも結局これ共産党だろ?』とわかったようにくさす者もまた必ずや多かろう」果たしてそれがどうしたっていうのだ?選挙が近づき声高に特定の政党を攻撃する者たちがいる。賄賂が大好きな政権与党の現幹事長だったり、小さな布製マスクを自信たっぷりに配った元首相だったり…。他者を攻撃する以外に自身を「正当化」する術を持たない愚か者たちだ。よっぽど後ろめたいことでもあるんだろう。共栄堂や居酒屋そしてスキー・スノーボード用品店に明るく相応の賑わいが戻ることこそが大事なことと思う。ああ、もうすぐ隠居の身。今は虚心坦懐に語るべきときだ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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