隠居たるもの、常と変わらず新春を寿ぐ。明けましておめでとうございます。

 とはいえ、2026年のこの正月は四半世紀に渡って暮らしてきた深川の庵で過ごす最後の正月となる。それでは特別な趣向を用意したのかといえばそんなこともなく、元旦は散歩がてら墓参に出向き、その墓所を運営する先輩のお寺にそのまま初詣(というかお寺さんに詣でるのは一年のうちたいがいこの日この時だけだから、語頭に「初」とつけるのは実のところ大変におこがましい)、遅い午後に友だちがやって来て目利きの魚屋、近所の安彦水産で見繕ってもらった刺身盛り合わせを肴に新年会。続く2日は宵越しにたっぷりと残っている酒をさましながらぼうっと箱根駅伝の往路。「なんだいありゃ、青学ときたら芝居がかってあんな飛び道具を最後の最後までとっときやがって。いけすかないねえ。それに引き換えメガネの工藤くん、おじさんは先輩として君への賞賛を惜しまないよ。よくやった」などと負け惜しみたらたら悔しがりながら、正月恒例、東京都現代美術館の常設展無料開放に足を運ぶ。つまりいつもとまるっきりおんなじなのだった。

1月3日、朝一番のあずさ5号はインバウンドさんで満席だった

 いわば私たちにとって東京から白馬への移動は日常生活の一部であるから、滅多なことがないかぎり白馬まで直行する朝一番8時ちょうどのあずさ5号を利用することはない。無理せずいつもと変わらない時刻に起床し、朝ドラ「ばけばけ」でも観ながら朝食をとり、脱ぎ捨てた寝巻きも含め一切合切を洗濯、午前11時発のあずさ17号に間に合うよう新宿に向かい、松本から鈍行の大糸線に乗り換え六角精児を気取る、これが普段のパターンだ。ところが12月から2月あたりまではそういうわけにいかない。日が暮れるのが早いところにもってきて散種荘に着くなりやらなければならないことが目白押しだ。凍結を避けるために水抜きしていた水道管にまず水を通さないかぎり生活を始められない。水回りに支障がないことを確認した後、冷え切った室内を急いで暖めなくては上着を脱ぐこともままならない。だから何かあっても対処できるよう日の高いうちに白馬に到着すべく、冬の間は少しがんばって8時ちょうどのあずさ5号の乗客となる。するとなると「ギリギリでもとにかく飛び乗りさえすれば」などとのんきなことを言ってはいられない。悠長に構えていると座席上部の棚をインバウンドさんに根こそぎ占領されるからだ。1月3日午前7時40分、案の定、新宿駅は巨大なトランクを転がす彼らでごった返していた。

 年末年始休み終わりがけの下り列車にも関わらず、全席指定の特急列車、1月3日のあずさ5号はすべてが売り切れ、発車20分前に10番線ホームに下りたときには長蛇の列が列車の扉が開くのを待っていた。乗り込んでみると私たち夫婦が並んで座る席の前3列は30歳になるかならないかのオージー男女6人グループで占められていて、棚に並べられた彼らの大きな荷物が私たちに割り当てられているはずの領域をすでに半分ほど侵犯していた。まあ「日常的な移動」に過ぎない私たちは、それぞれに背負ったリュックサック二つだけ、体格と同様に彼らと比べて荷物も小さい。なんとも軽やか簡便で半分のスペースで事足りる。

 私たちが予約していた11号車は合計で64席、あれよあれよと座席が埋まる。棚に収まりきらず溢れかえったトランクが車掌の指導のもとデッキに運ばれ見事な縦列駐車よろしく整然と並ぶ。興味本位で車内をざっと見渡してみると、私たち夫婦含めて国内客8人、チャイニーズ4人、残り52人がオーストラリア人、おそらくそんなところだった。列車が走り出して右往左往する者がいなくなるのを見計らい、朝食にと買い求めたサンドイッチを取り出し食べ終えた。「新年お初に手に取る本は村上春樹の翻訳もの」となぜか私は決めていて、立川駅を過ぎたあたり、ゆっくり落ち着いてから開いたのはレイモンド・チャンドラー著 村上春樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫「大いなる眠り」だった。途中の小淵沢や松本などで国内客はほとんど下車するが、やれやれ、歯止めの効かない円安の渦中、私たち夫婦はインバウンドさんたちに囲まれ白馬を目指す。

つれあいがおニューのウェアにきがえたら

 一般的な年末年始休暇の最終日となる1月4日、天気がいいのでスキー場に出向くことにした。混雑が予想されるこうした日、おおむね私たちは白馬エリアの「外れ」にあるスキー場を選択する。中心部の人気スキー場と比べてわかりやすく空いているからだ。幸いなこと最南部に位置する二つのスキー場、さのさかと鹿島槍が今シーズンから共同で、我が散種荘の近くに停留所を設置し直行のシャトルバスを運行することとなった。残念なことその一方で、八方尾根、岩岳、栂池の各スキー場は、昨冬にオープンした大人数が宿泊するわけでもないホテル型高級コンドミニアムをシャトルバス網の新たな重要ポイントに据え、うちからいちばん近い停留所を廃止した。「資本」にすり寄ったのかどうかはあずかり知らないが、私たちからすればいささかなりとも忌々しいことに違いはない。それもあって、今まで往復に不便を極めていたさのさかスキー場に、このシャトルバスを使って一刻も早く駆けつけたいと思っていた。しかも新しい年を迎えるに際し、つれあいは昨秋にそろえていたおニューのウェアをここでおろすという。

 オープン直前のメンテナンス期間にたっぷり足されたばかりのオイルがシーズン開始当初のリフトのケーブルから滴り落ちる、ないことではない。お客さんのウェアを汚した場合に責任回避ができるよう、スキー場も「そんなことがたまにある」とこっそり密やかに注意喚起すらしている。ベージュとオフホワイトを基調とするウェアを新調したつれあいはそれを恐れていた。だからシーズンインと同時にお披露目とはせず、満を持して新年早々に照準を合わせていたわけだ。青木湖を一望するさのさかスキー場、晴れるとなると時々刻々変化する陽光の角度によって湖面に映し出される影も移り変わる。そんなスキー場におニューのウェアが映える。してやったり、「11年間使い倒してあちこち凹んでいるヘルメットをこれに合わせて何色に替えようか」、新年らしくそんな華やいだ心持ちにもなろうともいうものだ。

Yes, we can!

 二週間ぶりに白馬に戻り、何日分かの買い物を済ませて、デマンドタクシーから降りて大きな荷物を手に下げほんの少しだけ散種荘まで歩いていた3日の午後のことだった。私たちを見つけたご近所さんが寒いのにわざわざ窓を開け「おかえり〜!あけましておめでとう!」と手を振ってくれた。「今年もよろしくね!」と応えつつ、「ああ、帰ってくるところはもうここなんだ」、そんな感慨に浸った次第である。さて、来年から正月はどう過ごすことになろうか。まあそれについてはおいおい考えることとしよう。どこぞの大国のよこしまな大統領一味がヘリクツを言いつのって、近場のよその国の悪辣な大統領を誘拐して本来その国の民のものである資源を平然と力ずくで掠め取ろうというご時世である。正論が正論として受容されず「キレイゴト」と嘲笑されることすらある。正気を保つにも労力が必要だ。こんな時代に「変わらないでいる」ためには時として軽やかに「変わる」ことが肝要だったりする。大仰にいえば、つれあいのおニューのウェアもその一環だ。今年は私たちにとって「変化」を実践する年になろうかと思う。どこぞの大国で21世紀に入って唯一まともだった大統領の決め台詞は確かこうだった。Yes, we can!ああ、もうすぐ隠居の身。今年もよろしくお願いいたします。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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