隠居たるもの、春の麗(うらら)の大横川、なのである。2021年3月27日土曜日、東京のソメイヨシノに開花が宣言されてからほぼ2週間が経ち、昨年と違ってこの間に極端に冷えたり雪が降ったりする日もなく、陽を浴びて桜は順調に咲き誇る。翌28日の日曜日には雨が降るというから、「多分はスッキリ晴れたこの日が盛り」と花見の散歩に出かけてみた。桜の名所は各地にあれど、私が暮らすいわゆる「下町」にはそもそも水辺が多く、地域の方々のみでひっそり楽しむ「名所」があったりする。墨田区の南のはしっこと江東区の北のはしっこを、南北に貫く運河 大横川なぞはその典型である。
カヌーで花見をする人たちがいる
東京スカイツリーを振り向きながら、お奉行さま遠山金四郎の屋敷跡あたりから大横川の遊歩道に下りて南に足を向ける。そんなところから発っちゃったものだから、つい「この桜吹雪が目に入らねえか!」などと調子に乗る。「少しでも人出が少ない方が」と目論んだ午前から真昼にかけての時間帯、案の定に人出はほどほどだ。あれ、日本橋「舟遊び みづは」のみづはが出ているじゃないの。風もないこの穏やかな陽気、さぞや心持ちのいいことだろう。お天道様が高いところにあるうちは、これくらいにこじんまりとした舟で遊ぶのが乙ってもんですよ。明るみにさらされると屋形船ってのは大仰で、なんだかうすらみっともなくて落ち着かない。
あらあら、カヌーで花見をしている人たちもいる。これまた心持ちが良さそうだ。あれ、あの人たちは飲み食いまで楽しんじゃってるじゃないか。「シートを敷いて宴会するのは禁止」だっていうけれど、「カヌーで距離を保った宴会」までは思いもよらない。こりゃあ一本取られたね。流れの穏やかな運河だからこそできる芸当ってわけだ。それにしても楽しそうで、見ているこちらまで春に解き放たれた気分になる。
10年以上前のこと、松浦亜弥のあのCMはどの橋の上だったっけ
確かファミリーマートのテレビCMだったんじゃないかと思う。松浦亜弥、あややがこの大横川にかかる橋で風に吹かれているのがあったんだ。調べてみると、彼女がファミリーマートのCMキャラクターになったのが2008年12月からというから、12年くらい前のことだったか。あれは亥之堀橋(いのほりばし)だったっけかな、それとも福寿橋だったけかな…。そんなどうでもいいことを思い起こしながら南に進む。ご高齢のご夫婦や小さな子供づれの一家などを多く見かける。綺麗な花を見上げ、小さな子供たちがはしゃいでいる。その中に、真新しいランドセルを背負った男の子を熱心に撮影しているご夫婦がいた。入学式用に違いない「晴れ着」まで着用させている。気持ちはわかるぞ。入学式まで桜は持ちそうもない。だけれども、どうしても満開の桜をバックにした「入学記念写真」を残しておきたい。それで勢いあまってこの「ロケ」を敢行、こういうことだな?あまりにも微笑ましく、つい「おめでとう!」と声をかけてしまった。知らないおじさんから突然に声をかけられた男の子は怪訝な顔をするが、それほど若くも見えなかったお父さんは「ありがとうございます!」と相好を崩して喜んでいた。これも「春の麗の大横川」なのである。
木場公園で定点観測して思うこと
葛西橋通りにぶつかる前に大横川を離れ木場公園に入る。桜が一面に植えられたバーベキュー広場は、今春もバーベキュー使用が禁じられている。もちろん宴会自体も禁じられている。大横川と同じく、ご高齢のご夫婦や小さな子供づれの家族が多い。だからといって人でごった返しているわけではなく、誰もがゆったりと桜を見上げそぞろ歩く。しみじみ穏やかに春を感じ取り満ち足りた気分になる。これで良くないか?毎春ここでは、肉が焼ける匂いを嗅がされドンチャン騒ぎにからめとられ、そうやって桜を見てきた。しかし、どちらかといえばそちらの方が「異常」なんじゃないか?少なくとも間違いなく「無粋」ではある。この季節にだけ「我が世の春」を謳歌する桜からしたっていい迷惑だろう。飲みたくなって飲むにしても、缶ビール1本を静かに干しきればそれで充分ではなかろうか。それ以上を所望するのであれば河岸を変えればいい。節操のないお方のせいで、昨春から歴史ある「桜を見る会」もなくなったことだし、この際「花見」についても「前例にとらわれず」に「改革」するのも一興だ。
散種荘で山桜が待つ
通り雨のように1時間だけ降った今日3月28日のお昼前、それだけで眼下の小名木川には桜の花びらが漂い集う。これから日々に散っていくだろう。となれば、より北にある桜にバトンは映る。白馬 散種荘の山桜がつぼみを大きく桃色にして待っている。花鳥風月とやらいうやつだ。ああ、もうすぐ隠居の身。乙な花見は粋にいこうじゃないの。