隠居たるもの、原点をこそ振り返る。この徒然なる省察で何度も触れているように、私の映画鑑賞のほとんどは「INKYOシネマズ」でまかなわれている。白いクロスを貼った庵の壁をスクリーンにして、昨年は夜な夜な115本を楽しんだ。夜は晩酌して酒が入ってしまい食後に読書というわけにもいかず、またTVはどうにもやりきれなくなってしまうことが多いから、ウィスキーを薄く割ってカラカラいわせながら映画を観ることが多い。そんなもんである、ファンであることに違いはないが熱狂的な映画ファンというほどのものでもない。とはいえ、毎年100本を超える作品を観るようになるからには、相応に原点があった。「パリ、テキサス」、その原点にしてマイ・フェイバリットが満を持してようようにINKYOシネマズで上映された。

ヴィム・ヴェンダースのロード・ムービー

私が大学生だったころ、ヌーベルバーグはもう終わっていた。“わかっている”と思われたい浅はかなお年頃であるから、ひとくさり「映画」を語ってみたくて、“わかっている”人にしか“わからない”作品を鵜の目鷹の目で探していた。ジム・ジャームッシュが「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=4801)で颯爽と登場したのもそんな頃だったろうか。若気の至り、どんなに“わかった”ようなふりをしていたって、実のところ当時の私にはピンときていない。それでもカッコつけたくて、飲み屋に行く道すがら、“わかっている”人にしか“わからない”映画がかかっていないか、早稲田松竹をチェックしたりするのだった。そこで、いかにもそんな触れ込みだったジャーマン・ニューシネマの旗手ヴィム・ヴェンダースを発見し、以後どっぷりと映画の深みにはまることになる。

「パリ、テキサス」とは

「都会のアリス」「まわり道」「さすらい」の“ロード・ムービー三部作”を世に出し、極めて高い評価を得ていたヴィム・ヴェンダースが、ピューリッツァー賞を獲った劇作家であり俳優でもあるサム・シェパードのシナリオを映像化し、1984年に発表したカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品である。私は「ベルリン・天使の詩」を冗漫に感じるから、三部作から続くロード・ムービーの頂点である本作こそが、まさしくマイ・フェイバリットなのだ。

絶望の果てに多くの記憶を失い、ひとり彷徨っていた男がテキサスの荒野で見つかる。テキサスからロサンゼルスに向かう車中、迎えに来た弟との会話もままならないトラヴィスは、かつて母と父がはじめて愛を交わした場所だという「テキサスのパリ」の土地を通信販売で買ったことを弟に嬉しそうに告げる。そのまま弟の元に身を寄せ、4年も会っていなかった7歳の息子との絆を取り戻しつつ、同時に妻への愛を想い起す。“人生”を生き直すためにゆっくりと果敢に過去と向き合うそんな主人公のリズムと、哀感を漂わせるライ・クーダーの乾いたギターが全編にわたって共鳴する。それを彩るテキサスとロサンゼルスを往復するロード、とりわけても撮影監督ロビー・ミュラーが映し出すテキサスの景色があまりにも美しい。

詩情みなぎる演技でトラヴィスを演じたのはハリー・ディーン・スタントン、そして相手役ジェーンのナスターシャ・キンスキーがこれはもう奇跡だ。ラスト間際、ふたりがマジックミラー越しに対面するテレフォンブースでの10分弱の長回しは、映画史に残る名シーンと言って過言ではあるまい。久しぶりに観たが、色褪せることなく本当に素晴らしかった。

「INKYOシネマズ 山の家分館」オープンに向けて

INKYOシネマズの配給元はWOWOWである。放送を録画したものをプロジェクターで映写する。先日、「隠れた名作“発掘良品”」という特集で本作が放送されていた。同時に特集されていた他の作品も決して「隠れ」ていない名作ぞろいだったから、この特集タイトルはいかがなものかと思う。だがしかし、ライ・クーダーのサントラ盤は手元にあるものの、本編のBlu-rayは買いそびれたまま売り切れになっていて地団駄を踏んでいた。とにかくありがたい。ふふ、ディスクに落とせば、秋に完成予定の「INKYOシネマズ 山の家分館」でもいつだって観ることができる。あれ?ここではたと思いつく。U-NEXTとかNetflixにすれば、WOWOWみたいに放送してくれるまでじっと大五郎のように待っている必要はないのではないか?確かめてみたら、U-NEXTでは好きな時にいつだって「パリ、テキサス」が観られるようになっていた…。いかんせん山の中だから通信環境の問題もあろうが、シフトをチェンジするのはなにも音楽だけではなかったのだ。

ライ・クーダーが奏でる本作のメインテーマだけでもギターを弾けるようになれたらなぁ、なんて酔っ払って今までに幾度考えたことか。ああ、もうすぐ隠居の身。美しさに耽溺したい。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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