隠居たるもの、細工は流流 仕上げを御覧じろ。2022年11月2日、私たちは白馬村から長野市まで、レンタカー パールピンクのマーチを駆って「紅葉のドライブ」としゃれこんだ。それについては前段において少し触れてもいるが、その目的まではつまびらかにしていない。私たちが目指していた場所、それはBurton Flagship Store Nagano 。そもそもBurtonとは、「スノーボードの父」ジェイク・バートン(2019年11月に65歳で死去)が1977年に創業した、カルチャー含みのスノーボード界を牽引する、代わるものなきリーディングメーカーである。そのFlagship Store、日本では東京に続き長野が2店目で、他に札幌と大阪で展開されている。そう、来たる冬に備えて、ギアを一新しようと目論んでのことだ。
まずはお約束の遠回り
Burton Flagship Store Naganoは、先日に引退したスピードスケートの小平奈緒選手が最後のレースに臨んだ長野市オリンピック記念アリーナ(通称 エムウェーブ)にほど近く、しかし下手したら車でも20分くらいかかるくらいに長野駅からほど遠い。購入したあかつきには荷物も増える、よってここぞとばかりにレンタカーを借り受けた。となると、その利便性を駆使して普段から「そうしたい」と思いながらもなかなかに足を運べないところに立ち寄ってみたくなるのが人情というもの。つれあいに「少し遠回りになるけど、行きがけ信濃大町に寄って俵屋飯店で昼食を取るというのはどうだね?」と持ちかけると、彼女は目をぱっちり大きく見張って「それはいい!」と即答する。「ならば通り道となる青木湖のほとりまで下りてみよう」と、用足しはどこへやら、すっかりドライブモードに切り替わる。
「紅葉のドライブ」は危険と隣り合わせ
「あいかわらずのカタルシスだぜ、俵屋飯店!余計なことをせずにあれだけあたりまえにうまいってぇのはなかなかできるこっちゃあない!しかもチャーシューメン、カニチャーハン、肉がみっちり詰まった餃子1枚、すべて合わせて1,800円しないんだぞ!」などと興奮冷めやらぬままレンタカーの矛先を本筋に帰す。そういえば、私はついつい「カタルシス」という言葉を使うが、その意味するところをうまく説明できたためしがない。あらためて調べてみると「アリストテレスが『詩学』に書き残した悲劇論から転じて『心の中に溜まっていた澱のような感情が解放され気持ちが浄化されること』を意味する」とあった。私の場合、郷ひろみ1980年のヒット曲「若さのカタルシス」から転じているからいい加減なのだろう。とはいえカタルシスはカタルシス、私たちは解放されたままの感情を抱えて、紅葉が盛りの山を縫いつつ快調に長野市を目指す。しかし浄化される一方だった心持ちに影がさす。追いついてしまったすぐ前の車の挙動が著しく不審なのだ…。
スピードが一定しない、トンネルに入るとその暗さに驚いたかのように急減速する、フラフラと何度も路肩に吸いつく。ご高齢ドライバーなのか、よく晴れた昼下がりで眠いのか、それともまだ日も高いのに酔っ払っているのか。片側一車線の山道なので、追い越すには命懸けの危険が伴う(すぐ後ろを走っていた真っ赤な三菱ランサーエボリューションは、堪えきれずにその危険を冒して私たちを含めて一気に2台を追い越した…、命知らずである)。注意を払って車間距離を保たねばならず、感情を解放している場合ではない。そうして30分ほども走ったろうか、ETCが使えない料金所で、ますます挙動が不審になってようやく様子が判然とする。真っ赤な顔して泥酔していたのだ。現金210円を支払うこともできず、路肩に停まらされたおじさんは、どこかほっとしているようにも見受けられた。私たちがそれ以上にほっとしたことは言うまでもない。
Flagshipというからには特別なのである
2013−14シーズンから使い続けているボード、ブーツ、ビンディングが、我々の使用頻度もあってかもうボロボロになっている。私のブーツとビンディングは一足先に昨年の11月に神保町で揃えすでに取り替えているし、それぞれのボード(Burton ファミリーツリー ホームタウンヒーロー キャンバー とウィメンズ Burton ストーリーボード キャンバー)は9月始めにこの店で買い求めてある。身体にあったサイズがなくなるといけないから、新調する気があるならどこぞの政府と違って先手で動かないといけない。今回はつれあいが新調しようかと取り置いてもらっていたブーツ(10月末にこの冬のモデルがようやく店頭に届いた)を試すのが眼目。つれあいがスタッフの説明を聞きながら履き比べ、サイズを確かめている。
Flagshipというからには特別なのだ。あたりまえのことBurton系列の商品しか扱わないし、ここで働いているのはBurtonの社員で実際にスノーボーダーだから自社製品で試走もしているだろうし、しかも長野店のスタッフは東京や大阪と違いゲレンデに近いから頻繁に滑りに行くのだろうし、つまりは商品知識が卓越しているのだ。初老にさしかかってもろもろ体力が落ちている我々は、40代と思しき女性スタッフのアドバイスに従い、今までのパワーを必要とするボード(実際にオリンピックのメダリストが使うような)から卒業する決断を下し、浮力が高くより軽やかに滑れるものをチョイスした。神保町に集積する店のような割引はないものの、私たちが必要としていたのはこの「インテリジェンス」だ。
細工は流流、スノーボードの準備が万端整う
また、昨年のうちに揃えていた私のビンディングなのだが、ゲレンデでぎっくりばったりやっているうちにハイバックの端っこが欠けてしまっていた。ここで購入したわけではないが、直営店なんだからなんとかなるものかと現物を持参し保証書とともに見せたところ、あっという間に本社と無償パーツ提供の段取りをまとめてくれた。至れり尽くせりである。散種荘に戻り、次に新調するのは何年後だろう、そしてあと何回になるだろう、そんなことを考えながら新メンバーを並べて悦に入っている。しかし、もっとも肝心なことは、いつまで白馬で滑れるか、実はここなのかもしれない。エジプトで開催されているCOP 27もうまくいってないようだ。グテーレス国連事務総長は「協調か破滅か」と語気を荒げていた。米国の中間選挙では、気候変動すら「陰謀だ!」という馬鹿者たちが息巻いている。なんとも気が滅入る話だが、とりあえず私たちは次のシーズンへ準備万端整えた。すでに白馬エリア全スキー場で使えるシーズンリフト券も確保してある。ああ、もうすぐ隠居の身。「細工は流流 仕上げを御覧じろ」てえやつだ。