隠居たるもの、秋の夕日に照る山紅葉。先週10月30日の日曜日から白馬に身を置いている。「おおむね一週間ほどの紅葉の盛りがいつになるか」、それをピタリと言い当てるのは至難の業だ。月を跨いだ明日11月7日の月曜日までを「紅葉狩り週間」と設定し予定を立てたはいいものの、思いのほかにこの秋は色づきが早く、場合によっては盛りが過ぎているのではないか、拠点を構えながら降りそそぐがごとき色彩を味わうことなく季節が移り変わるなんてなんとも虚しい、とどうにもハラハラしていた。それがどうだ、一週間前の日曜日15時40分に降り立ってみると、白馬は「ピーク前夜」といった風情を醸し出しているではないか。どうやら今年2022年に関しては「ピタリと言い当てた」に違いない。

グリーンシーズン最後、3度目の八方池へ

鳥取の薪 第2弾 6箱150kgを佐川急便から受け取る予定にしていた10月31日は晴天が予報されていた。ひるがえって11月1日は一日通して雨だという。しばらく空けていてすっかり冷えこんでいた散種荘は一晩かけてじんわりと温めたし、ファーストステップは終えていて薪には余裕があるし、佐川急便にも連絡した上で予定を入れ替え、10月31日に八方池に登ることにした。前回は息を上げてつらい思いをしたつれあいが、めずらしく「今シーズン中にリベンジしたいのだ」と鼻息が荒い。白馬はスキー場が営業していない時期を指して「グリーンシーズン」と呼ぶが、八方尾根は11月6日がその最終日。そこから先はウィンターシーズン開幕に向けたメンテナンス期間となり、そして積雪の様子を見ながら華々しく「スキー場びらき」を迎える。

八方尾根の斜面は色彩にあふれかえっていた。リフトを上りきるとそこかしこに「雪の白」も加わる。下に目をやるか、上を見上げるか、視線の方向で趣きがまるっきり異なるのだが、どちらにしたって絶景である。山の中でほおばる焼きたらこおにぎりが格別に美味しいことに変わりはないものの、これまでの2度と違い防寒着を余分に1枚重ねている。標高2,060m、雲がすぐそこで湧いている。息はそこそこに上がっていたが、つれあいは終始にこやかだった。

雨の日のボブ・ディランと晴れの日の青木湖

予報通りではあるのだが、11月1日はうってかわって天気が悪い。するとなるとうすら寒く、薪ストーブを焚いてぬくぬくと家で過ごす。ことさら早く色づいていた庭の紅葉はすっかり葉を落としてしまったが、ありがたく借景させてもらっている隣地の林の木々はおそらく「盛り」をこの日に迎えた。雨の日にはボブ・ディランである。1967年、当時26歳のディランはバイク事故を起こし大怪我を負う。しかしそれを隠れ蓑にそれまでの混沌から身を隠してザ・バンドとアメリカンルーツミュージックをただひたすら深掘りする。そのセッションを録音したものが「THE BASEMENT TAPES」、聴いているのは「RAW」と銘打って2014年に再発されたものだ。過剰なオーバーダビングを排除した素の音がなんとも身に沁みる。さて、佐川急便が鳥取の薪 第2弾 6箱150kgを持って来てくれたようだ。箱を開けて薪棚にずらりと並べてみよう。

「空いてたら明日も今日と同じ時間で貸して欲しいんですけど」午前11時半に車を取りに行き、私はレンタカー屋の社長に頼み込む。晴天を見計らった11月2日、午前11時半から午後6時くらいまで(「くらい」といいかげんなのは、社長が30分くらいは適当に超過していいといつも言ってくれるから)、長野市に所用があってレンタカーを借りる契約をしていたのだ。「あ、そう。それならね、お互い面倒くさいし、明日の6時くらいまでそのまま使っていいよ。契約はそれぞれの日に6時間ずつってことにしとくから」社長の好意に甘え、私たちはパールピンクのマーチで「紅葉のドライブ」に出かける。少し遠回りする時間の余裕もできたことだし、せっかくだからと日本有数の透明度を誇る青木湖に立ち寄る。角川映画第一作「犬神家の一族」で佐清(すけきよ)が逆さに湖面に刺さっていたあの湖だ。「紅葉の盛り」は確かにこの日のここにあった。

「となりでいっしょに泣いてくれるやつが必要なのさ」

なぜに2日続けてレンタカーを借りたかったのかというと、11月3日に深川のご近所さんの友だちが白馬に遊びに来るからだった。客人の滞在日程からすると、山の姿を見渡せるほどに好天に恵まれるのはこの日のみと予報されたから、その機会を逃さず岩岳マウンテンハーバーにご案内したいと考えたのだ。天気予報に変動はなし、パールピンクのマーチを駆って、中央線特急あずさ5号から午前11時42分に白馬に降り立つ彼女をピックアップ、昼食をとってからそのまま岩岳に向かう。この一両日が暖かったから、残念なこと冠雪はいくぶん溶けてしまっていたが、晴天に勝るものなし、客人は降りそそぐ紅葉と北アルプスの姿にさぞや感銘を受けてくれたに違いない。

「となりでいっしょに泣いてくれるやつが必要なのさ」一転してまたしてもしとしと雨が降る11月4日、薪ストーブに薪をくべながら、私は友だちにそう説明していた。「ほら、なかなか燃えないこういうガンコな薪があるんだ」キャンプなぞしてよく焚き火をしている彼女も「密につまり過ぎていて空気がなかなか入らないんですかね」と心得たものだ。私は「そういうガンコもんにはさ、となりでいっしょに泣いてくれるやつが必要なのさ」とアオゾラ家具式會社から貰い受けた、乾燥が行き届いた端材を寄り添わすようにあてがう。しばらくするとワッと泣き出したようにその端材から火がたった。つられてガンコな薪にもじわっと涙が溢れ、やっとのこと火が通る。この日は、小雨になったすきに昼食を兼ねた散歩をし、ゆっくり庭を見回し、近くのホテルに頼み込んで温泉に入れてもらい、それ以外はおしゃべりしたり映画を観たりトランプに興じたりして過ごした。どういうわけか負けがこんだ私が、悔しそうな顔をしていたそうだ。

「ジャンプ台でブラタモリ」

友だちが深川に帰る11月5日、晴れはしたものの山の上には雲がかかる。だから下を散歩する。熊鈴を持って林道を抜けてジャンプ台へ。紅葉がハラハラと散り始めている。木々の間から唐突に現れるマジンガーZの「空に聳える鉄の城」のようで、毎度のことジャンプ台の威容にはおののかされる。そして友だちは中央線特急あずさ46号の乗客となり、私たちはまだ白馬に残っている。明けて11月6日、洗面所から窓の外を眺めると、すぐそこにのびる屋根に霜が降りていた。きれいに晴れた山の上を見上げてみる。2日にわたって雲に覆われていたのだ、当然のこと山頂はびっしりと雪をまとっていた。葉はずいぶんと落ち、いつしか「紅葉の盛り」も過ぎている。昼になって私たちは散種荘の雪囲いをすべて取りつけた。ああ、もうすぐ隠居の身。これが今秋の「紅葉狩り週間」の顛末である。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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