隠居たるもの、日々の徒然に立ち戻る。今日は6月15日、4月25日の省察を最後にしてほぼ50日になろうか、しばらくお休みさせていただいた。「飲み代」を捻出するためこの間せっせとアルバイトに勤しんでいたわけだが、そのうちに5月の誕生日をまたいで齢をひとつ重ね、そうかと思えば忙しい日々に根を詰めすぎたか6月になるなりぎっくり腰に苛まれ、それでもなんとか6月8日まで期間延長となったバイトの契約はまっとうし、ほうほうの体で今こうしてゴロゴロしながら省察を再開している。だったらこの間ずっと東京は深川にいたのかというと、短い滞在とはいえ、白馬にも2度ほどおもむいてはいる。
なぜ七輪で白馬ポークを炙ってみることに気づかなかったのか
山の中に居を構えておきながら「新緑浴」をしないわけにはいくまい。アルバイトの中休みとばかり、5月13日から16日まで白馬に滞在したときのこと。過ごしやすい気温のところにもってきて風も穏やか、今日こそ「日和」と満を持して焚き火をしてみた。慢心することはもちろんないが、薪ストーブでふた冬を過ごしたからにはいささかながら火の扱いにも慣れている。となるとその脇でなんぞ七輪で炙って晩酌を試みようというのもこれまた人情。前回は友人を交えてイカを網の上で踊らせた。しかしまったく同じじゃあ芸がない。そこではたと思い至る、これまで何故に気づかなかったのだろうか、「白馬ポークだ…」。JAが経営する馴染みのAコープで地産の白馬ポークと厚切りベーコンを調達する。焼いてみると炭火の遠赤外線効果か、外側は香ばしく焦げ目もつくが、中は柔らかくジューシーなまま、瑞々しくて少しも固くならない。なんたる美味しさ…、「これ以上の贅沢というものがこの世に存在するのだろうか」、私たち夫婦は恍惚の境地に達した。
新たに導入した釜浅商店の炭焼き台はプロ仕様なのである
アルバイトは週に一度、月曜日がお休みであった。だから5月23日の月曜日、私たち夫婦は連れ立って浅草はかっぱ橋商店街に足を運んだ。散種荘完成に際して調理道具を買い求めた釜浅商店こそがお目当てで、愛用している七輪より大きな炭焼きの道具を物色できないかと意気込んでいた。なぜなら今に愛用する七輪はふたりでみちみち炙るにはほどよくても、4人ともなると小さく心もとない。これから夏にかけて今年は来客もあろうし、あの忘我にいたる白馬ポークの炭火炙りを知ってしまった以上、客人にそれを滞りなく味わっていただかないのは失礼というものである。
「そうですか。うちのまあるい七輪をご愛用いただいてるんですか。ありがとうございます。それを四角くして大きくしたものもあるにはあります。でも、それよりこちらの炭焼き台の方がよろしいかと思いますよ。うちの七輪は珪藻土で作っているので、モノはいいんですが、やはり耐久性に少し劣るんです。そうしたお客様の声を反映して作ったのがこちらになります。外側はステンレス、内側の耐熱材には新島産の抗火石(コーガ石)、飲食店に卸しているものをコンパクトにした品物です。使い勝手、耐久性、もちろん焼け具合、プロ仕様ですから申し分ありません。」インターネットでHPを冷やかしていた段階では「高い」と思っていたが、話を聞いてみるとなるほどこの品物で「学問のすすめ」2枚は妥当に違いない。迷う余地などどこにあろうか、私たちは6月11日からの滞在に合わせて白馬に配送してもらうことにした。
白馬ポークもイカも、おまけにノドグロの干物まで炙った月夜の晩
6月12日日曜日、少し風があったから焚き火はよしといた。ウッドデッキですべてをまかなう算段をして、新たに導入した炭焼き台の配置を決める。陽が落ちてからというものいくらか肌寒い。炭がチンチンと音をたてる。つれあいとともに買物した今宵のメニューは、椎茸とアスパラガス、厚切りベーコンに白馬ポークのバラカルビ、山陰のノドグロ干物と山形の船凍イカ、焼いた順番通りに以上となる。いったいこれら食材の何処に炭火で炙って「美味しくない」要素が潜んでいるというのだろうか。まったくもって徹頭徹尾、まがうことなき美味だった。(例えば椎茸が苦手な方もいらっしゃるだろう。恣意的で大袈裟な表現になっていることはいささかお恥ずかしくも思うが、ご自身の好きな食材(ただし焼けるものに限る)でぜひとも想像をふくらませていただきたい。)
燃えたぎる炭の熱を顔に浴び、大きなバーベキューコンロで加減の見境なくたくさん焼いて、さあさあ食べろと息を巻く、もうそれほどには若くないし、そもそもからしてそんな性分でもない。ふたりで少し炙るときはまあるい七輪でいいし、ちょっとたくさん食材を用意したときや4人くらいになるなら新しく導入したこの炭焼き台を引っ張り出そう、それより人が多いならふたつを同時に並べればいい。適当な炭の量で、ほのかに熱を感じながらちまちま炙ったほうがはるかにうまいさ。そんなこんなを語らいながら空を見上げてみると、高く聳えるアカマツの向こうにもう少しで満月のまあるいお月様。なんとも素晴らしい一日の締めくくり、これを「恍惚の境地」といわずしてなんという。ああ、もうすぐ隠居の身、夏はもうすぐそこだ。