隠居たるもの、線路の先に目を凝らす。2024年2月3日土曜日午前11時12分、面食らうことに、シャトルバスから「はい、さのさかスキー場です」と降ろされたのは国道148号の道路っぱただった。横断歩道なんかどこにも見当たらない道の向こうを指して、「はい、あっちの少し上がったところがスキー場。道を渡るときは気をつけてくださいよ!」と運転手さんは声を張る。なんとも呑気な話だ。おそらく日本語がまったく分かっていないであろうオージーたちを先導し、一台をやり過ごしてから、少し離れた車に手を上げて合図を送り、片側一車線の国道を渡る。

それほど広くないスキー場の駐車場を横切り、ボードを抱えてつづら折りになった急な坂道にさしかかる。血気に溢れたオージーたちが「ええい、もどかしい」とばかりにショートカットして崖を登り始め、私たち夫婦を追い越していく。初老にさしかかった二人はため息まじりに「しょうがねえなぁ」と笑い合い、そして大股で進む彼らの行く手に目をやって驚いた。なんとスキー場のすぐ手前に踏切が…。なんというか、こんな牧歌的な光景を見たことがない。

度肝を抜かれたレイクビュー

新型コロナ禍には閉鎖されていたさのさかスキー場、初めて訪れる。考えてみれば当然のことだ。白馬に向かうJR大糸線の車中から、眼前すぐに迫るリフト乗り場を常に眺めていたではないか。この踏切の先でケーブルを伸ばしているあのリフトがそれに間違いない。まずはそれに乗ってみる。動いているリフトは4本、それほど広いスキー場ではない。

リフトから降りて一本滑り、別のリフトに乗る。より高いところに連れていかれ、背後で景色が開けたように感じたから振り向いてみると、眼下に青木湖がドーンと広がる。想像以上の絶景につい声が漏れる。JR大糸線の車窓から常に親しみ、紅葉シーズンには必ず湖畔に佇む青木湖、かつて犬神佐清(をかたる青沼静馬)の死体が逆さに突き刺さっていた青木湖、あの美しい湖の全貌が雪山から見渡せる。むべなるかな、誰もが滑り出す前にポケットからスマホを取り出し写真を撮っている(私の場合はコンパクトデジタルカメラ、いわゆるコンデジであるが)。そして心も晴れ晴れ、おっかなびっくりや七転び八起きも含め、各々のシュプールを描いて湖に向かって滑り降りていく。

HAKUBA VALLEY

白馬エリアにはいくつものスキー場があって、それらをひっくるめて「HAKUBA VALLEY」と呼ぶ。南から北に名前を上げると、爺が岳スキー場、鹿島槍スキー場 ファミリーパーク、White Resort 白馬さのさか、エイブル白馬五竜、Hakuba 47 Winter Sports Park、白馬八方尾根スキー場、白馬岩岳スノーフィールド、つがいけマウンテンリゾート、白馬乗鞍温泉スキー場、白馬コルチナスキー場、合計にして10。だけれども、五竜と47、乗鞍とコルチナはくっついていて同一の施設とカウントすべきだから、実のところは8。私たち夫婦が所持しているのはHAKUBA VALLEYのシーズンリフト券で、これらすべてのスキー場で使える。しかし白馬村ではなく大町市に位置する爺が岳と鹿島槍は、シャトルバスに頼る私たちにはちょっと遠い。だからこの白馬さのさかスキー場が私たちにとって今のところの南端だ。今シーズンはすでに北端の乗鞍&コルチナにも出かけてみたし、私たち的にはこれでいわゆる「コンプリート」、HAKUBA VALLEYを滑り尽くしたと言っても差し支えなかろう。

帰路は午後1時発のシャトルバスに乗る予定にしていた。広くはないスキー場を隅から隅まで滑り倒し、1時間半強でそそくさと後にする。再び踏切を渡った直後、予期せずカンカンカンと音が鳴り遮断機が下り、南小谷行きの普通列車が通り過ぎていった。このタイミングで目にしたローカル線、鉄ちゃんでもないのにいささか感激する。これから私たちが乗ろうとしているシャトルバスは、HAKUBA VALLEYの各スキー場を貫いて運行されているもので、我が散種荘の近くまでは直通しない。エイブル白馬五竜で降りて遅い昼食をとったり少し滑ったりして時間をつぶし、そのスキー場が出している直通バスに乗って帰る。どうしてそこまでして白馬さのさかまで行くのか(乗鞍&コルチナも同様なんだけど)、白馬エリアの中心地にある主要スキー場は、土日や祝日はオージーやチャイニーズの他に日本人も加わり大変な混雑となるからだ。案の定、帰りがけに立ち寄った五竜スキー場(ここは若いスノーボード初心者に人気がある)は阿鼻叫喚の混みようだった。だから天気がいい週末や祝日に滑りたいとなると、最も遠くてすいているゲレンデに遠征し、牧歌的な休日のレジャーとしゃれこむのだ。HAKUBA VALLEYシーズンリフト券を持つ者の醍醐味ではある。

*乗鞍&コルチナに遠出したのは1月14日だった。日曜日だというのに気持ちがいいほど空いていた。

そのコストパフォーマンスやいかに

「そんなHAKUBA VALLEYのシーズンリフト券はいくらするの?」とはよく聞かれることだが、夏の間に早々に購入する早割価格で99,800円。確かに「ほぼ10万円」という金額だから安いわけではない。しかし、下に掲載する八方尾根スキー場で撮影したリフト券料金表の写真を拡大すればご理解いただけるのではないか。例えば八方尾根の一日券は今現在7,200円もする(2年前までは5,500円だった)。初老にさしかかった私は終日にわたって滑ることなどできないから、そこは遠慮して午前・午後どちらかの半日券にするとしたって6,000円だ。

白馬さのさかスキー場で滑ったこの日をもって、私たち夫婦は今シーズン、その時々の天候や気分に応じてあちこちのゲレンデに19日立った。仮に八方尾根スキー場だけで計算したとすると、およそ16.63日分の半日券で元は取れるのだから、価格を超えた価値をすでに享受していると判断して差し支えなかろう。加えて、縦横無尽に利用している各スキー場を貫くHAKUBA VALLEYシャトルバス、1回の利用につき一人500円の料金がかかるところ、HAKUBA VALLEYリフト券を所持している者は無料となる。日本人がスキー場に出向かなくなり、主要顧客がオージーやチャイニーズに移っている今日、冬の白馬ではあらゆるものの価格帯がそちらに合わせられつつある。円安のおり、まだまだ値は上がるかもしれない。だから、持続可能で楽しく遊ぶために、ときにはケチくさく、日々に細かく頭をめぐらせている。ちょうど今日、来シーズンのリフト券代を稼ぐために4月末からのアルバイトに応募した。ああ、もうすぐ隠居の身。踏切越しのさのさかスキー場はなかなか乙なものだからね。

*参考までにHAKUBAVALLEYのHP:https://www.hakubavalley.com

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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