隠居たるもの、子どもの歓声に相好を崩す。2026年1月12日、「この冬最強」との称号をもって注意喚起された寒波は、朝方に吹き荒れた暴風とともに過ぎ去った。3連休の最終日となるこの日、宇都宮と東京から白馬に集結した一族郎党それぞれは、居住地に向かって昼前に出立する手筈となっている。玄関口の駐車スペースに停めてあった車はたったひと晩のうちにすっかり雪に埋もれた。それゆえ風がやんでから祖父、大叔父、父の男衆は各々シャベル片手にせっせと車を掘り出していたわけだが、寸暇を惜しむ姪孫(てっそん)たちはその横で雪遊びに余念がない。7歳、6歳、5歳、年子の姉兄弟のように育ついとこ3人がそろうと兎にも角にもかしましい。私たち夫婦は寒波と彼らの襲来に備え、庭に格好のプレイグラウンドをこしらえておいた。名づけて「散種荘スキー場 デンジャラスコース」、これがどうして、なかなかにスリリングなプライベートコースだったのである。

散種荘スキー場 デンジャラスコース

 3連休に合わせてあいにくなこと寒波が襲来し、ことによっては吹雪になるという。一族郎党が集結した昨年2月のあの3連休を想起する。紛うことなき「あの冬最強の大寒波」が直撃し、それはそれは往生したものだった。構成員の中に「寒波男」「寒波女」という類まれな特性を持つ者がいるのかもしれないが、それを科学的に検証する方法もなければ、大切な身内に不当な疑心暗鬼を抱くのも馬鹿馬鹿しい。それならそれでどうにかなるよう、ホストである私たち夫婦は考えた。天気予報によると、彼らがそれぞれの居住地からやってくる3連休初日の10日は「穏やかな冬の晴天」、翌11日から12日の朝にかけて寒波が通過する。なのに姪孫たちをスキー場に連れて行こうと予定していたのがよりによってこの11日、ことによったら予定を抜本的に考え直す必要が生じるやもしれぬ。ということで我が散種荘の庭に「即席スキー場」をしつらえることを計画するのだが、いかんせんこの冬はこれまで大変に雪が少なく、慣例にならってウッドデッキを起点に庭に滑り降りる斜面を作ることができない…。

 しかし幸いなこと、庭に接する隣地の端にこんもりと高い雪山ができている。古いコテージを取り壊し、雑木林の一部を伐採抜根したのに新しい建造物の着工までには至らず、更地となったまま手がついていないその土地がどうやら近隣の雪捨て場とされているようで、ちょっとした降雪があるたび除雪車が少しずつ山を隆起させてきた。これを利用しない手はない。雪が解ける季節になれば隣地での建設作業もいよいよ始まるだろうし、そもそもうちの庭にだって離れが建つのである。つまりこの冬かぎりのプライベートゲレンデというわけで、ここまで豪快で距離のあるコースを作れる機会は実のところこれが最初で最後。私たち夫婦は山の上に立ち、コースの見当をつけ、汗びっしょりになってシャベルで叩き、足で踏みならして圧雪した。その甲斐あって、姪孫たちは10日の昼に着くなりそり遊びに興じ、レンタル予約していたスノーボードをピックアップしてきたあとはキャッキャとスノーボードに乗る。「あれ?年かさのお姉ちゃんのウェア、昨冬と違う。そりゃあ大きくなるものなぁ。でも、あれ見憶えあるだろ?」と確かめると、つれあいも気づいていた。7歳になる年長の子が着ていたのは、その母親である姪がまさしく7歳の時に着ていたそれであった。

最強寒波が来ぬ間のスノーボードスクール

 明けて11日、どうやら「この冬最強の寒波」が白馬にやってくるのは昼前後、ならば朝早くから五竜スキー場に足を運び昼過ぎには帰ってこようという算段となった。やはり子どもたちに本物のスキー場を味わってもらいたいし、そろそろ本気になってももらいたかったからだ。散種荘スキー場だって十分に楽しかろうが、そこはいかんせんプライベートゲレンデ、子どもってえやつは言うことを聞いてくれる大人に周りを囲まれているとつい甘えて楽をしようとする。苦労して基本を覚えることなぞそっちのけ、大人に身体を支えさせて楽しい部分だけつまみ食いするのである。しかしスノーボードってえのはどんなときも自身でボードをコントロールできるよう基本を身につけない限り一向に滑れるようにはならないし、そうならないと本物の感興も湧きはしない。なので姪たちはスキー場に連れて行き、キッズスノーボードスクールに放り込み、子どもに教えることを生業とするプロに我が子を託すことにした。そうすればスクールの間の2時間とはいえ、自分たちも好きなように滑ることができる。

 しかしスクールは「6歳より入校受け入れ」ということでまだ5歳と4ヶ月の下の子は受け付けてもらえなかった。その実この子が最も筋が良さそうなので残念ではあるが、考えてみればファンキーで気ままな彼が、まだまだ素直に言われた通りに行動するとも思えない。その他にも「2時間を耐えうる筋力」とか「親離れができるのかどうか」とか、まあ色々あるのだろう。よってこの子の母親である姪はこの子とつきっきりでスキー場を遊ぶこととなったが、その他の者は思い思いのコースに散って滑り、ときおりゼッケンをつけてスクールでしごかれている子どもを探してその様子を見守ったりしながら、最強寒波到来直前の雪山を楽しんだのである。

OMAKASE Kitchen しまうま

 この冬、近所に新しく飲食店ができた。夏から始まったリフォームを向こう三軒両隣的な感覚で眺めていたが、そこに住む人が1階部分を飲食店にするのだという。メニューはお任せ、しかも冬は8人以上のグループのみひと晩ひと組限定の貸切形式なのだそうだ。「いったいどんな店になるんだ?」とご近所さんは興味津々、私たち夫婦も御多分に洩れず、人数がそろうこの機会に同じ年頃の子どもがいるご近所さんやらを誘って「大々的に貸し切ってみようじゃないか」と予約を入れさせてもらった。「こういうものを食べたい」というリクエストは当然にできるそうだし、アレルギー等の聞き取りもきめ細かかったし、子どもにも気を使ってくれる。そして次々に提供される料理はどれも豪快かつ繊細で美味しく、ワインの品揃えも素晴らしい。正直なところ驚いたのである。


OMAKASE Kitchen しまうま:https://www.instagram.com/shimauma898/

 リフォームされ大きく開いた窓から刻一刻と襲いかかる「この冬最強の寒波」を眺めていた。誰もが帰りの心配をする必要がないから吹き遊び舞い上がる雪に「ひゃ〜!」と歓声を上げる。なんとも素敵な「合宿打ち上げパーティー」だ。メロン坊やの母親である姪は、高校時代の友だちを伴いまた2月の3連休にやってくる。そのときもこの「OMAKASE Kitchen しまうまでみんなで食事をしたい」とのたまう。しかしメロン坊やを数に入れても惜しいこと7人にしかならず一人足りない。そこで「2月のこれこれこの日にまたご一緒しないかい?」とご近所の家族に声をかけてみると「ぜひ!」と即答を得る。必ずや再訪したい店であることは間違いない。

そして歓声がこだまする

 姪孫たちは帰りギリギリまでしつこくデンジャラスコースに遊び興じた。「あと一回!」といつまでもやめないから義兄が「それじゃあ、置いていくよ!それともここのうちの子になる⁈」と嗜めると、年かさの女の子はつれあいと目を合わせ「まんざらでもない」という顔をした。姪孫たちの歓声が響き渡っていたのか、彼らが帰ったあとになって散種荘の前を通りかかる子どもたちはみな、表からは見えない庭の方に首を伸ばした。最強寒波が去って穏やかな冬の昼下がり、「デンジャラスコースっていうんだ。試してみるかい?」、私たちは散種荘スキー場を近所の子どもたちに開放した。姪孫たちが帰ってからもしばらくは、子どもたちの歓声が我が庭にこだました。数時間後、出発する車を見送る私たちを撮った写真を義姉が送ってくれた。ああ、もうすぐ隠居の身。その姿は雪山に暮らす初老の夫婦そのものだった。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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