隠居たるもの、インドの山奥で修行して。いやいや、そんな貴重な経験を積んだことはない。ましてやダイバダッタの魂をやどしたこともない。これは半世紀と少し前、私が小学2年のときに見ていた変身ヒーローもの「レンボーマン」主題歌の冒頭である。なぜに唐突にレインボーマンを想起したか、それには理由があった。2024年3月11日月曜日、インバウンドさんもめっきり減った平日の八方尾根スキー場でのことだ。おそろいのウェアを着用したシュッと様子のいい一団がいた。ピークを外して白馬にやってきた若きスキーチームだろうか。ずらっと横並びでコーチの言葉に耳を傾ける彼らのウェアに「SINE」と記されている。きっとチーム名に違いない。SINE、SINE、SINE、SINE…。あ、こいつら「死ね死ね団」?あのレインボーマンが戦う悪の秘密結社だ。
「SINE」とはいかなる意味か
この「SINE」はそもそも英語なのだろうか。英語だとして調べると数学用語、つまりサイン・コサイン・タンジェントの「サイン」という検索結果しか見当たらない。そもそもスキーチームにそんな名前をつけるのは物好きが過ぎよう。また、さんざっぱらオーストラリア人を見慣れた私からすると、この若者たちがあの大陸から来訪したとも思えない。なんというか「ゴツく」ないのだ。縦にシュッと長いその風情、漂ってくるのは北欧の雰囲気。検索の範囲を広げてみると、あった。ノルウェー語で「彼らの」という意味、つまり英語では「their」、「シーナ」と発音するそうだ。だとすればこの子たちは「シーナシーナ団」ということか。
この子たちが本当にノルウェー人子弟なのかどうか、言葉がさっぱりわからないから確かめようもないが、説得力の高い推論ではある。しかしこの冬、インバウンドさんたちは「ハッポーオネ」たる八方尾根(happo-one)を、「ハッポーワン」と手前勝手に言い換えた。ならば私たちが「シーナシーナ団」を「シネシネ団」と読み換えたとしても「おあいこ」でバチは当たるまい(そもそも彼らは自らを「シーナシーナ団」と名乗ってはいないだろうが)。八方尾根スキー場パノラマコースに今シーズンからできた豚まん屋がある。私たち夫婦はこの店がいたく気に入り、常にここで豚まんを頬張りながら休憩する。10時55分、この日もそうだった。昼には遠く、他に客もない。するとそこに「シネシネ団」が現れ、なんら注文することなく、一人ずつ無料の水を催促し、悪びれることなくさっさと出ていった。店員も苦笑いだ。初老にさしかかった夫婦が片隅で豚まんにかじりつき折りたたみのテーブルと簡易な丸椅子が並ぶだけのスペース、店舗に見えなかったに違いない。そのちゃっかりした傍若無人ぶり、まさしく彼らは「シネシネ団」だった。
3月のような2月と2月のような3月
はたと上記のタイトルを思いついたとき「我ながらうまいこという」と悦に入ったんだけれども、つれあいによると「五竜スキー場のパトロールブログで同じような表現がされていた」とのこと。なんのことはない、誰しもがそんな風に感じていたのであった。ろくすっぽ雪も降らず急激に暖かくなって雨まで降った2月も半ば、うらめしいが「今シーズンはもうこれで終わり」と諦めた。雪も溶けアスファルトが剥き出しになった道路を前にして、白馬ピザのショーンと「まるで3月みたいだね」と語り合ったものだ。それが、2月も終わろうかという頃に襲来した吹雪をきっかけに季節が逆回転する。3月に入ると一日おきに大雪警報、一晩で50㎝の雪が積もり、ゴゴゴゴッと音がしたかと思うと耐えかねた屋根雪がまた落ちる。つれあいがいつもキッチンから振り返って山の様子を眺め楽しんでいる小窓の向こう、とうとうこれまでに落ちた屋根雪とどうにか落ちようとした新参者とが連結してしまった。当然のこと、スキー場はようやくにして今シーズン最高のコンディションを迎える。3月にしてようやく、というか、3月だというのにこれいかに、というか…
分身の術
とはいえ3月は3月、晴れた日中の気温は高く、積もった雪が沈むスピードも早い。スキー場を占める客層もインバウンドさんのピークが終わって様変わり、後期試験を終えた日本の学生さんを中心に若い人が多くなる。「シネシネ団」もその一翼を担う。ここで今シーズンずうっとつれあいが呟き続けていたある事象を紹介しよう。「あんたと同じような黄色のウェアを着た人が今シーズンはすごく多いんだよね。『視界が悪いときに大叔父の目立つ黄色を目標に斜面を降りるんだけど、あれっ?分身の術?って思うときがあった』ってメロン坊やの父親も言ってたし」このウェアを着用して4シーズン目、これまで滅多に目にしなかったのに今シーズンは確かに黄色が目を引く。みなさん私の華麗な滑りに感化され、あやかろうと真似ているのだろうか(しょってるねぇ、笑)。証拠にとつれあいが撮影した上の写真をご覧いただくと、前方を滑るのが私で、後方に佇むのが見ず知らずの若者である。まるっきりおそろいのようないでたちではあるが、当然のこと私たちは示し合わせてはいない。さらにこれまたどういうわけか、この子の滑り方が私によく似ているのである。ユニフォームをそろえた「死ね死ね団」というより、背格好も似た仮面ライダーとニセ仮面ライダーの関係性といった方が適切だろう。ニセ仮面ライダーは、必ずや明確に本家と異なるワンポイントを身に纏う。蛍光レッドのようなネックウォーマーがそれだ。
「死ね死ね団」は踊る
「死ね死ね団のテーマ」というのがあって、なんかとんでもない曲との記憶はあったのだが、あらためて聴いてみるとやはりとんでもなかった。「金で心を汚してしまえ」とか歌っている。あらためてレインボーマンがどんなものだったか調べてみると、「かつて日本に虐待されたと自称する外国人たちが日本人に復讐するために組織した死ね死ね団、それに対峙するレインボーマンの誇り高き孤軍奮闘」がテーマであった。杉田水脈あたりが涙にむせんで推奨するに違いない。しかし奇しくもノルウェーからやって来た「シネシネ団」を目撃したのは3月11日。北陸には原子力発電所が多く、能登半島地震のとき、誰もが福島第一原発の事故を想起したに違いない。幸い重大事故は起こらなかったものの、経路となる道路が隆起して寸断されるなど、いざという時の住民避難計画がまるっきり「絵に描いた餅」であったことが白日のもとにさらされた。なのに変わらずいけしゃあしゃあと原子力発電所を推進しているのは誰だ?彼らにとって日本人の生命の軽重はいかばかりか。実は彼らこそが「死ね死ね団」で、そして自分たちが「死ね死ね団」であることがバレないよう常に声高に外敵を仮想し論点をずらしているのではなかろうか。和歌山で密かに開催されたあのパーティーだって怪しい。下着ダンサーを呼んでチップを口移ししながら「金で心を汚してしまえ」と「死ね死ね団のテーマ」を合唱していたのではなかろうか。どちらにしろ、4シーズン着倒した私の黄色いウェアはすでにボロボロだ。ああ、もうすぐ隠居の身。そろそろ一新する季節を迎えているのかもしれない。