隠居たるもの、涼やかな風に人心地。雨が降ったりしてここ数日はいくぶん落ち着いてはいるが、7月に入ってからというものここ白馬でも日中は30℃になろうかという陽気が続く。風呂上がりにすんなりと汗がひかない夕もあり「いよいよ熱気がこもり始めたか」とぼやいていると、ひぐらしが唐突にカナカナと鳴いて毛羽立ちかける神経をなだめてくれる。それが決まって日が暮れる午後7時あたりなもんで「大したもんだ」と感心していると、山からひゅうっと冷たい風が吹いてくる。つれあいがキッチンの窓から山を見上げ「すごい夕焼け」とつぶやく。外に出てあらためて山を見上げてみると確かにそうそうはお目にかかれない赤い空。汗はひき、ほてった身体が冷えてくる。そんなエアコンいらずの白馬で「楽に呼吸をしたい」と中高の同級生、ハーモニカのT師匠が言う。

「トレッキング的なこと」

これまで春と秋それぞれに白馬を経験したT師匠であるが、「今度は夏、そしてせっかくだからトレッキング的なことがしてみたい」とのたまう。「還暦も過ぎてることだし普段からして運動もしてないだろうに大丈夫かい?白馬でそれ相応のトレッキングとなればいささかなりとも登山的要素を避けては通れないんだぜ?」と釘を刺したものの本人の意思は固い。ならば八方池にでも連れていってヒーヒー言わせてやろうと悪巧みを巡らせ、映画「仁義なき戦い」にあやかったすこぶる怪しい「広島弁」を「駆使」して「後悔せんのぉ!」と念を押してみるが、「がんばって歩きます」と怯むこともない。こうして彼は2025年7月9日水曜日、新宿発の中央線特急あずさから松本でJR大糸線の在来鈍行に乗り継ぎ、そして夕刻に白馬駅を降りて予約していたデマンドタクシーの乗客となり、私たちが待つ散種荘にやって来た。

中部山岳国立公園 栂池自然園

平日を行楽にあてる、定年退職を果たした者の特権である。しかしT師匠が到着した夜のこと、「翌朝早くから山に出向くのだから飲み過ぎてはいけない」と言い聞かせ合っておきながら、調子に乗ってやっぱり少しだけ飲み過ぎた。とはいえそこがまた還暦過ぎ初老の習わし、翌朝遅くまで寝てもいられず苦も無くそろって午前6時には目が覚める。天気予報によると午後から雨が降り出すというから、近くの停留所8時発のシャトルバスに乗って出発し、午前中にあらかたの行程を済ませておきたい。目指す先は八方池から中部山岳国立公園 栂池自然園に変更している。先の冬の歴史的な豪雪により山の上にはまだたっぷり雪が残っていて、八方尾根の登山道にはいまだその影響が及んでいると聞いたからだ。それに比して栂池自然園、注意を払って保護しなければならない湿原であることもあって木道が整備されている。「トレッキング的なこと」というならば、全行程8km、こちらの方が分相応に違いない。

風穴から冷気が漂う

栂池自然園には冷たい風が通り抜ける名所、風穴がある。「自然の冷蔵庫」とでも呼ぶべき小さな洞窟のようなもので、真夏に至ってもその奥に雪が残っていることがある。今年に限ってはそれどころではなく、7月も半ばだというのに風穴のまわりには冷気すら漂っていた。そればかりか自然園の入り口から少し木道を歩けば、そこかしこにたっぷりと雪が残った一帯が現れる。これだけの雪が残っているのだもの、散種荘近くの平川に素足にサンダルをつっかけて入ろうものならその冷たさに15秒と我慢しきれないのも納得がいく。川を流れる水の大部分は今も雪解け水だ。都市部の暑熱に苦慮するご同輩に一服の清涼剤となるよう、この日に撮影した残雪の写真を何枚か掲載してみよう。

冷気を漂わせていた風穴
そこかしこを流れ落ちる雪解け水
まだスノーボードができそうな緩斜面

「なんか2025年の7月って感じがしない…」

栂池自然園の最深部である展望湿原の少し手前、モウセン池で休憩したおり「中高同級生のFBグループにアップするから二人で並んだ写真を撮ってくれろ」とつれあいに頼んだ際、デジタルカメラの液晶から目を離して少し首を傾げた彼女がのたまう。「なんか2025年の7月って感じがしない…」思い起こしてみれば、私たちが同じ学校に通っていたのは1977年の4月から1983年の3月までの6年間。その最後から数えたって今は42年と4ヶ月、しかもリュックを背負って遠足をしている中高生のような格好だ。確かに月日の感覚が揺れ動き「なんか2025年の7月って感じがしない…」というのもむべなるかな(笑)。

結局のところT師匠、息をあげることもなく飄々と標高約1900m、最深部の展望湿原に到達した。かつてここに至る最後の200mほどは、脚の短い私なぞにはキッツイ段差が頻繁に現れる不揃いでまちまちな「激階段」。だからこそ展望が開けるウッドデッキに到着するころには、吹き出す汗を拭いきれず途切れ途切れにしか話せないほどに心拍はバクバク、そんな状態だった。なのでT師匠を脅かすだけ脅かしていたのだが、古かった階段が整備されその際に段差も一定にされたのか、「え?もう着いちゃったの?」と拍子抜けするほどに「楽」であったのも事実。またサッカー部というスポーツ系部活出身の私が、文化系部活出身の彼の体力を42年前の幼い感覚のままどこかみくびっていたのももう一方の事実。恥ずかしながらひそかにそして大いに反省した次第である。考えてみれば高校を卒業した途端に不摂生を重ねもはや軽い運動をすることすら想像できないスポーツ系部活出身者もいれば、今となって登山やフルマラソンはては日々にゴルフに勤しむ文化系部活出身者もたくさんいる。月日の感覚が揺れ動いたとしてもまさしく今は2025年、T師匠は最初から「日頃に蒲田を歩いているから」と自信を持っていたようだ。

*晴れていれば私たちの背後にドーンと見えるはずの白馬大雪渓、この日はすっぽり雲に隠れていた。二人が首をすくめているのは、露出された肌を探してアブが頭上を執拗に旋回していたからである。

花鳥風月を愛でる2025年

「2025年の自分がどうなってるかなんて、あのころは想像もしなかったよな」「まったく。でも今んなるともっとちゃんと考えておけばよかったとは思うな(笑)」「そりゃあ無理ってもんだろ(笑)。あ、ほらあれがワタスゲ、そこに隠れるように群生しているのがチングルマ、ここまでにニッコウキスゲやシラネアオイやミズバショウもいっぱい見たろ?この季節の高原特有の植物さ」「へえ」「考えてみればだ、若気な1983年の俺が、花を愛でるようになっている『2025年の俺』なんか想像できただろうか。仮にそうだと教えられても『そんなことあり得ない!』って一笑に付しただろうな、間違いなく」「花鳥風月だもんね」と同級生二人は大爆笑する。そこにつれあいが合いの手を入れる。「想像すらしていなかったんだもの、これから先だってまだまだ未知の領域、そういうことだね」

ワタスゲとチングルマ

焼肉で暑気払い

道中で他愛もない四方山をあれこれ話す。T師匠は「行きつけだった僕にとって大切な飲食店が無くなりつつあるんだ。また、ふと焼肉を食べたくなることなんかがたまにあるんだけどさ、奥さんはもう食べたいとも思ってないようだし二人で行くこともないだろう。だからといって一人で店に入ったって昔ほど胃に入らないから色々な種類を注文できない。脂が多いカルビなんかもはや欲してもいないんだけれども少しずつあれこれ味わいたいし、じゃあ家でやってみるかといってもやっぱり専門店の火力でないと焼肉は美味しくない」と嘆いたりする。「『わかるぞ、わかる』って奴も多そうだな。なんだったら同級生に呼びかけてこんど連れだって焼肉屋に出かけてみるか?」と、高山植物からいきなり焼肉に話が飛んだりもする。運のいいことに結局は雨に降られなかった。今回ばかりはT師匠のFB決めゼリフを拝借して締めくくろう。ああ、もうすぐ隠居の身。今日も雲の上のお日様に感謝だ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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