隠居たるもの、焼酎片手にW杯を語る。「出場経験のない国が開催国になるってぇのはやっぱりいけないな。それにしてもエクアドル、ありゃあいいチームだ」開催国カタールを沈黙させたエクアドルの快勝でW杯が幕を開けた翌日の2022年11月21日、私たちは仲御徒町のやっちゃ場という具合のいい居酒屋に集ってマグロの中落ちをつついていた。10月上旬に催した中学高校サッカー部OB会総会の「反省会」という名目をこしらえて4人で集まったのである。テーブルを囲んでいるのは私からすると4学年下のキヨシ、17学年下の油屋さんの跡取り、25学年下のメロン坊やの父親、そして私、年齢差にして四半世紀、4年前の「反省会」とまるっきり同じ顔ぶれである。

やっちゃ場:https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131101/13083650/

マグロの中落ちに度肝を抜かれる

都営大江戸線の新御徒町駅で降りA2出口から路地裏を通ってキヨシがセッティングしてくれた店に向かう。仮にもサッカー部OBの集まりでW杯を念頭に置かないわけにはいかないから、この夜10時に始まるイングランド対イラン戦のキックオフに間に合うよう予約は開店と同時の夕方5時半にしてある。御徒町といえども裏通り、駅近くの喧騒とはほど遠く、昔ながらの商いをする小さな会社がひっそり並ぶ界隈だ。小学校の前を通り過ぎ、4度ほど角を曲がった先にやはり昔ながらの赤提灯という風情の店が現れた。まずはと注文したマグロの中落ちに度肝を抜かれる。そもそも中落ちというのは、マグロの一番大きな骨、すなわち中骨の周りについている身をこそげ落としてかき集めたもののことをいうわけで、その証拠にここの中落ちはそこかしこが毛羽立っていたりする。まとめてさっぱり食すよう一緒に海苔が供されるのだが、油分や添加物を混ぜたまがいものとは歴然に違う。「まいったね、なに食ってもうまいじゃやないか」牛すじ煮込みなど、他に頼んだものも何から何まで美味しかった。

「こういうときはブラジルだよ」

先般の総会をもってOB会の世話役を後進に引き継いだ矢先でもあり「今後は若いもんがよってたかって好きなように会を盛り立てろ」などと先輩風吹かして話していたのも束の間、話題は当然のごとくW杯に移り、「優勝はどこすかねぇ」と予想を戦わせることになる。過去4回の優勝をピタリと当てた私は、「こういうときはブラジルだよ」と今回の予想を初めて披瀝する。理由は三つ、①まずもってわかりやすく単純にすごいメンバーがそろっている ②今大会の開催時期からもたらされたハードスケジュールの渦中にあって、他の強豪国と違って主力に怪我人がいない ③カタールの人権問題を非難し大会そのものに疑義を呈する世論がヨーロッパ各国で沸き起こっている状況下、モチベーションを整えにくい各チームを尻目に、ことサッカーに関してブラジル人がモチベーション問題を抱えることなどありえない。「なるほど、さもありなんですなあ」と後輩たちが深く納得したあたりでこの日はお開き、話はつきないがそそくさ各々家路につく。その夜、若きイングランドはイランを粉砕した。

モバイルアプリからAirPlayでご視聴ください。

サッカーW杯の放映権料はべらぼうに高くなる一方だ。一説によるとその端緒は2002年日韓共催大会、今現在複数の受託収賄容疑で逮捕されている東京オリンピック大会組織委員会元理事の高橋治之容疑者によって開かれたそうだ。おかげさまで今大会はとうとうTV局が全試合分の放映権を買い切れず、NHKとテレビ朝日、そしてフジテレビが共同で全試合64のうち40ゲームほどを放映、インターネット配信のAbemaが残りを含めた全試合を中継するという形になった。とはいえ、従前より我が庵ではインターネット配信系はApple TVで受信してテレビに流す段取りが取られているからうろたえる必要はない。余裕綽々、Abemaのアプリをダウンロードして準備を整えた。なのに開幕してみるとApple TVに配信されているのはダイジェストばかりで、肝心の試合が見当たらない。

「おかしいな…。データ容量の問題とかあんのかな」と訝しみつつ、Abemaでしか観れないオランダ対セネガル戦アーカイブ配信をしかたなくiPadの小さな画面で楽しむ。その夜にやはりAbemaのみ放送アルゼンチン対サウジアラビアをライブで観たいとあらためてApple TVを立ち上げてみると、問い合わせが多かったのか「モバイルアプリからAirPlayでご視聴ください。」との表示がトップにくる。一瞬「??」となるものの、落ち着いて考えてみれば「iPadやiPhoneのモバイル機器でAbemaアプリを立ち上げ視聴し、それをミラーリング機能があるApple TVにAirPlayで飛ばせ」ということと理解できる。何のことやらさっぱり見当もつかない御仁も少なくはなかろう。まったくもって油断も隙もない。初老にさしかかっているとはいえ30年近くもApple製品に慣れ親しんできたがゆえ、今回ばかりはなんとかついていけた。大きなTV画面でサウジアラビアの歴史的ジャイアントキリングもめでたく目撃できた。

周到に準備された奇襲攻撃

「いやあ、やってくれましたね」私の身体の成り立ちを熟知するキズカイロプラクティックANEXのコンドーくんが、肩甲骨まわりをパキパキやってくれながらそう話しかけてくる。もちろんドイツに勝利した11月23日のあの試合についてフットボーラー同士で語り合いたいのだ。やっちゃ場に集った後輩たちと試合後にLINEでやりとりした内容をかいつまんで披露する。「たぶん、あのゲームを指揮・差配したのは監督の森保一じゃない。例えば分析チームあたりが『これなら勝てるかも』という可能性を探って、周到にシュミレーションを重ね、『4−2−3−1で入って様子を見る、うまくいったらそれでいい、うまくいかなかったとしても慌ててシステムを変えると混乱して更なる失点を招く可能性があるから前半はそのまま必死に耐えて後半から3−4−3に戦術変更する、ドイツが少しでもやりにくそうにしたら3−2−4−1の超攻撃的布陣に移行し一気呵成に奇襲をたたみかける』、こういうシナリオを描いたんだと思う。だとすれば、代表召集したのがハンパねえ大迫ではなく、決勝点をあげたスピードスター浅野拓磨であったことも納得いく。シナリオとそれぞれの役回りは選手全員にも周知徹底されていたのだろうな、誰もが自分のすべきことを理解していて迷いがないように見えた。森保はゲーム中で進行のタイミングを見計らっただけさ。だってこれまでの彼のもたついた監督ぶりを思い起こしてごらんよ、こんな見事な芸当ができるとは想像もつかないだろ?」「なるほど、確かにそうすね。森保は昨日、ピッチ脇から指示を出すこともメモを取ることもしてませんでしたから。」コンドーくんはいつもよりたっぷり15分サービスしてくれた。私たちは最初から最後までW杯の話しかしなかった。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000368609

やはり4学年下の後輩が

「どうにも盛り上がらないねえ」などとうそぶいていたものの、やはりW杯はW杯、FIFAの姿勢にはいちいち幻滅させられるが、始まってみるとすっかり夢中なのである。そうそう、やっちゃ場をセッティングしてくれたキヨシと酒を酌み交わしていたら、総会でも顔を合わせた彼の同期が先日に新刊を発表していたのを思い出した。さっそくAmazonから取り寄せた。ああ、もうすぐ隠居の身。W杯の合間に後輩が周到に書き綴った本も読む。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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