隠居たるもの、ワイン片手にW杯を語る。2022年12月5日現在、開幕から2週間が経ち、大会はめくるめくグループリーグから決勝トーナメントへと移行した。この省察をアップする時点で、私はすでに合計50試合を観ているわけで、ということは指折り勘定すると後半2週間に残っているのはあと14試合だけ、するとなるとどこか寂しいような心持ちがうっすらと顔を出し始めたりもする。その一方「習わぬ経を読む門前の小僧」たるつれあいは、大会の白熱度が増すにつれ、テレビ画面に向かう角度を前のめりに傾ける。白馬にも足を運ばず深川の庵のリビングでみちみちと観戦し続ける今日この頃、いきおいゲームを観ながら語り合うのはこの「門前の小僧」とあいなる。
まずはベルギー対クロアチア戦から
「びっくりした!スペインに勝って1位で突破なんて!でも3試合観てはっきりしたぞ。日本のゲームプランは、前半は様子を見つつオーソドックスに展開してみくびらせておいて、緊張感なく後半に入った相手に三苫投入を合図に縦一本やり一気呵成の攻撃をたたみかける、そしてあわよくそこで取った点を守りきる、勇気のいることだよ。現にみくびることもなけりゃあ常と変わらずのらりくらりと闘うコスタリカにはそれが通用しなかったわけだから。」興奮しながらわかったように語りあう夫婦であるが、日本対スペイン戦のキックオフは12月2日金曜日午前4時、なにも9時までに出社しなければならない勤め先を持つわけでもない私たちである、無闇に生活のリズムを崩して健康を害するのも馬鹿馬鹿しいから、いつもと変わらない時間に目を覚まして録画したものを観戦する。しかし最初に流したのは、ベルギー対クロアチア戦だった。
2日午前0時、ひと足先にキックオフされたこの試合で、1位にしろ2位にしろ、日本がグループリーグ突破したときの対戦相手がすでに決まっている。スペイン戦を放送するのはフジテレビ、「運命」だなんだと大仰で歯が浮くような言葉を愚かしいほどに並べたて、中継中に何度もその対戦相手をやかましく連呼することは火を見るよりも明らか。兎にも角にもスポーツってえのは結果を知った上で観るのは味気ない、だから順番通りにベルギー対クロアチア戦から始めたのだ。死闘だった。試合後に泣き崩れたルカクの今後が心配でならない。その後すぐに日本対スペインに移行、2試合を興奮に包まれ観終えて時計に目をやると11時、情報を遮断するため昨晩から伏せたままにしてあるスマホをやっとのこと表に返す。つれあいがうっかり午前中に入れていた仕事のアポイントは、お願いして午後2時にずらしてもらってある。同時刻に裏で戦われていた同グループのドイツ対コスタリカもこれまた凄そうだったから、近所にあるソウル市場という店でカルビ弁当を手配して、そのまま昼食をとりながら観戦することにした。立て続けに熱の入った6時間に及ぶこの3連戦、いささかぐったりしたことは否めないが、なんらかの解毒作用があるのか、心身ともに妙に軽くなったような心持ちになるのもこれまた一方の事実ではある。
考えてみれば、これはハリルホジッチのサッカーじゃないか!
もやしナムルをほおばりながらはたと思いつく。「ああ、そういうことだったのか!森保ってえのはサンフレッチェ広島のときだって前任者ペトロヴィッチが構築し残したものをちゃっかりそのまま引き継いだだけだし、実のところ攻撃のコーディネートができない監督なんだけれども、考えてみればこれはハリルホジッチのサッカーじゃないか!」体格に劣るからといってデュエル(球際の勝負、1対1)を避けて通るな、後ろで回していないで縦にすばしっこくボールを運べ、そう、これはまさしくハリルホジッチのサッカーだ。日本代表監督時代の彼と接近遭遇したことがある。残された写真をたぐってみると、2015年9月23日両国国技館でのことだった。相撲観戦に訪れた監督ご夫妻を案内しているのは当時引退したばかりの西岩親方(元関脇 若の里)だ。前回の2018年ロシア大会直前に解任したものの、ハリルホジッチのサッカーに理ありと判断した日本代表スタッフは、彼から授けられたサッカーを8年近い歳月をかけて突き詰め、メリハリをつけてW杯本番で披露することに成功した、なるほどそういうわけだったのか。今回もハリルホジッチはモロッコという魅力的なチームを作ってW杯出場を果たしたものの、大会直前に主力選手と確執を起こし解任されている。内情を知るわけではないが、得てしてそういう人なのかもしれない。
「サッカーに集中してほしい」と言うジャンニ・インファンティーノFIFA会長がテレビに映るたび、モヤモヤしてサッカーに集中できなくなる
決勝トーナメントになると、スタンドで観戦するジャンニ・インファンティーノFIFA・国際サッカー連盟会長が毎試合テレビに映るようになった。その度に少しモヤモヤする。なぜに今回のカタール大会は批判されるのか、それはおおむね次の3点。1つ目、W杯会場の建設現場で主に南アジア諸国出身の貧しい外国人労働者が酷使され、6500名にも及ぶ死者まで出ていること。そしてそれに対する補償はほぼなされていない。2つ目、LGBTQが国是として禁止されていることや女性を蔑視していること。3つ目、大規模インフラ整備工事や巨大会場(オープンエアにも関わらずグラウンドまで)の冷房のために大量の化石燃料を使用するなど、気候変動対策に著しく問題があること。出場チームの中でオーストラリア代表が早々と抗議声明を出したが、それに続く国が出ないようインファンティーノ会長以下FIFAは「サッカーに集中しろ」、つまり「口をつぐめ」と懲罰まで持ち出して締めつけに躍起となる。そもそもの発端は拝金主義傾向を強めるFIFAが、オイルマネーにおもねって出場実績もないカタールを開催国としたことにあるのに、選手の良心に圧力をかけるとはなんたることか。それにひきかえ、調子を取り戻したアルゼンチンを前に敗退したものの、今大会で素晴らしいパフォーマンスを見せたオーストラリア代表は、言われなくたって徹頭徹尾サッカーに集中していた。
あ!メッシが走った!ああ、やっぱりメッシだぁ!
大会直前のG20でこの会長は「サッカーが世界の問題を解決できるという甘い考えは持っていない」としながらも、傲慢にもこんなことをおっしゃった。「W杯に合わせてウクライナで1か月間の停戦を検討するよう皆に要請する」私は仰天しほとほと呆れ果てた。「1ヶ月に及ぶ休憩」でしかないその停戦が仮に実現したとして、後々の戦況にもしそれが決定的な影響を及ぼした場合、FIFAはいったいどう責任を取るというのか…。私のそんなモヤモヤを、「門前の小僧」が大きな声で引き裂く。「あ!メッシが走った!ああ、やっぱりメッシだぁ!」ポテポテ歩いていたメッシがまなじり決して急に走り出したかと思ったら、伝家の宝刀、あっという間にとんでもないシュートを決めたのだ。神の子がギアを入れた瞬間を気づくとは…。もはや「門前の小僧」ではあるまい、いつしかいっぱしの「修行僧」になっている。そうそう、スーパーで熊本産の立派なナスを見つけてあったのだ。はてさてこの深夜の日本対クロアチア、韓国対ブラジル、果たしてどうなることか。ああ、もうすぐ隠居の身。つれあいと麻婆ナスをつつきながらW杯を語る。