隠居たるもの、春の訪れはかしましく。2026年2月21日土曜日の朝8時、私たち夫婦は視察を兼ねて八方尾根スキー場に赴いていた。月曜日が祝日となる日本はこの日から三連休、オージーのバカンスシーズンだっていまだ継続中、そこに太陰太陽暦に基づく今年の正月、つまりは春節が重なる。「中国からの団体さんが行き先を日本から他のアジア諸国に変えている」との報も聞こえてくるが、白馬にやって来るのはおおむね個人客なのでこれまでと打って変わるとも思われず、天候にも恵まれとにかく大変な混雑が予想される。散種荘にだって夕方近くに客人が訪れる。メロン坊やと姪、および姪とともにバンドを組んでいた高校時代の同級生3人、そこに加えて小型犬2頭、総勢で5人+2頭だ。そして姪の同級生が「12年ぶりにスノーボードをやってみたい」とか「せっかくだから20年ぶりにスキーをしようかな」とのたまうから、スキー場の実情を確かめるため近場のリーゼンスラロームを朝一番で何本か滑ってみたわけだ。視察の結果は「いやはやこの3連休はやっぱりとんでもなく混む」だった。

「小娘たち」はすっかり大人になった
姪たちは県庁所在地である地方都市の名を冠した由緒ある県立女子高校で同級生となり、軽音学部に入部しともにバンドを組み、卒業してそれぞれ東京や横浜の大学に通うことになりそろって首都圏に引っ越してきた。一人暮らしをさせるにあたり、義兄は姪を当時45歳くらいだった私たち夫婦の近所に住まわせた。だからといって何かと忙しない大学生が頻繁にうちに立ち寄ることなどなく、どんな生活を送っているのか遅滞なく把握できるほどの間隔で食事をともにするくらいのことだった。しかしまだ音楽の主流が配信でなかった時分である。晴れて大学生となって新しく買ってもらった姪のPCに、私は15,000曲に及ぼうかという自身のミュージックライブラリーをそのまま移植してやった。そのうち姪は私たちのもとに同級生を連れてくるようになった。バンドをやっていただけあってドクターマーチンの靴など履いてくるから可愛らしく思ったものだった。

姪のPCに「私のiPodもつなげてあなたのミュージックライブラリーを同期させてもらってます❣️」、彼女たちはそんなちゃっかりしたことを目を輝かせながらしれっと話した。私は親愛の情を込めて彼女たちを密かに「小娘たち」と呼んでいた。姪を除き彼女たちには東京に近しい親戚がいなかったから、私たちは自ずとなんというか「遠い親戚」のような塩梅になった。そして彼女たちは皆そのまま東京で就職し、仕事のできる大人になってもお互いつきあいを途切らすことなく、今もまだバンドであるかのように過ごしていて、このたび「遠い親戚」の山小屋に小型犬まで連れて遊びにやって来た、とまあこういうわけだ。

Fuji Rock Fesで乾杯を
「ああ、MASSIVE ATTACK、いいなぁ。すごい楽しみなんです!そうですよね、今年のフジロック、いつになくラインナップが素晴らしいですよね。最終日一日でもいいからご一緒しましょうよ!そして乾杯しましょうよ!」、あのときのライブラリーにも入っていた名盤「MEZZANINE」のレコードをかけると、某国営放送に勤務し「パジャマにでもしてください」と国民的長寿番組「のど自慢」のノベルティTシャツをお土産に持参した姪の同級生が興奮気味にせっつく。3日間のフジロック、今年の大トリは英国はブリストルのマッシブ・アタックと発表された。この子はことあるごとに「私の音楽観はあなたのミュージックライブラリーで形成された」と、あたかも弟子であるかのようにおだててくれる。私たち夫婦は寄る年波もあってコロナ禍とともにフジロックから「引退」したわけだけれども、それに替わるかのように弟子たる彼女は毎年続けて3日間とも会場で過ごすんだそうで、その弟子が「ぜひに」と誘う。くすぐったいように嬉しくもあり「するとなると22回目になるのか?ううむ、久しぶりに行ってみようか、この夏は」などと真剣に考え始めている。

Let’s Go!さのさかスキー場!
2月22日の日曜日は全員そろってさのさかスキー場に足を運んだ。どう転ぶかわからない「12年ぶり」とか「20年ぶり」という滑り手がいる以上、大混雑が予想される中心部の主要スキー場を避けるに越したことはない。道具やウェアなど私たち夫婦が提供できるものは貸して足りないものは現場で借りるということにしたのだが、自前の道具で滑る客ばかりが来場し普段は閑古鳥が鳴くさのさかスキー場のレンタルショップは春節を謳歌せんとするチャイニーズに取り囲まれまさかの大混雑。こうした慌ただしい状況に慣れない職員たちは目を回してとっくのとうにキャパシティオーバー、私たちは気長に待つ以外に方法がない。姪たちがクレープを食べている横でぽかぽか陽の入る階段を使いつれあいとメロン坊やがジャンケンをしてグリコに興じるなど、それはそれで呑気な春の日を過ごす。幸いなことゲレンデはここまでの混雑になってはいないから、久しぶりの滑り手たちも思う存分ギックリバッタリできる。

OMAKASE Kitchen しまうま、再びの夜
おっかなびっくりだった「小娘たち」も何本か滑るうちにかつての感覚を思い起こし、ターンらしきものを試みながら転ぶことなくリフト一本を降り切るようになった。晴天のもとに見下ろす青木湖に感嘆の声をあげ、頭の片隅で明日以降の筋肉痛に怯えつつも屋外で身体を動かす愉楽に自ずと笑みが浮かぶ。散種荘に帰りみなでいっしょに近所のホテルの温泉へ。今回は父親が同行していないメロン坊やを二日にわたって風呂に入れるのは大叔父の仕事だ。しかし公衆浴場の作法を教え込むなんてえのは昭和の下町で育った私からしてお手のもの。「ほら、ちんちん放り出したままそんな風に脱衣所でひらひら遊んでたら戸が開くなり廊下からばっちり丸見えだぞ。さっさと洗い場に行かねえか」と単刀直入でキレのいい指示を飛ばす。さっぱりしてからまたみなで、ご近所のOMAKASE Kitchen しまうまに食事に行くのだ。

ひと晩ひと組8人以上のグループ限定の貸切形式でメニューはお任せのOMAKASE Kitchen しまうま、先月にこの日の再訪を予約していた。私たちだけでは人数が足りないので、助っ人は先月のそのときと同じご近所さん家族だ。そこの長男とメロン坊やは同い年、再会を果たしてしっかり友だちになったようでもあるし、店主夫婦も交えてそこに居る者みなで話が弾む。その様子が興味深かったのか、窓の外で狐が行ったり来たり、これほどに愉快な夜というのもそうそうない。

そして春節が終わる
三連休が終わり彼女たちが東京に戻る2月23日は春節休暇の最終日でもあった。誰もがよってたかって移動するため、帰京する新幹線を彼女たちは思うような時間で予約できなかった。とはいえ翌日になればみな仕事、名残惜しいがやむなく早朝から動く羽目になった。午前7時15分にタクシーがやって来る。私たち夫婦は見送りながら写真を撮った。この冬ただでさえ少なかったのにここ数日の暖かい日和ですっかり雪が解けている。もう春だ。下ろした窓から元気に手を振りながら車はバスターミナルに向かって走り去った。静かになった散種荘で夫婦は洗濯をしたり掃除をしたりして過ごし、午後に地元工務店の社長を迎えて離れ建設に向けての打ち合わせをした。家の前で見送りをする私たちを撮った写真がその日のうちにお礼のメッセージとともに送られてきた。なかなかいい写真だったのだけれど、寝巻き姿があまりにも無防備なのでこの場に掲載することは控えよう。二日経って「私たちがガブガブ飲んじゃったから」と小型犬を連れてきたボーカルの子からワイン半ダースが届いた。なんだ、倍返しじゃないか、そんなに気を使うことはないさ。ああ、もうすぐ隠居の身。だって私たちはなんというか親戚みたいなもんだからさ。
