隠居たるもの、悔しい気分を紛らわす。一昨日の早朝から降り出した雨は、夜更けを待たずに雪へと変わり、みぞれに変容することはあってもそのまま断続的に降り続き、とうとう昨晩から深々と落ちる本格的な雪へと姿を変えた。そして迎えた2023年11月30日の朝、「ドン」という音で目を覚ます。鈍い音の正体は、散種荘もしくは近隣のお宅の屋根および背の高いアカマツから重みに耐えられず雪塊が落ちる、その着地音だ。「あっと驚くタメゴロー」。あたり一面、銀世界と化していた。気を落ち着けて、いつもの朝と変わらずiPadを開いてニュースや周辺情報をのんびりと確認する。すると、栂池スキー場、五竜スキー場、八方尾根スキー場、白馬で常日頃から張り合う3つの主要スキー場が、それぞれに「11月30日午前10:00オープン!」と声高らかに横一線で宣言しているではないか。出し抜かれた…、まだ準備が整っていない。すでに買い求めてあるというのに、まだシーズンリフト券を引き取りさえしていない。

11月も後半になれば、白馬には雪が降る

ほぼ3週間ぶりに白馬にやってきたのは11月26日のこと。その日の東京はそこそこに寒く、正午から昼下がりにかけては白馬の方が暖かったというが、神々しい山々をようやくに拝んだ夕方には当然のこと山から「冷え」が下りてくる。散種荘に着いたころの気温は4℃ほど。不在にしていた間に雪が降ったと聞き及んではいたが、暗くなった庭にはいくらかその雪が残っている。とにかく寝るまで薪ストーブにつきっきり、勇気を奮わねば風呂に入れないほどに冷えていた家を急いで温める。好天は翌27日までと予報されていたから、外で行う仕事はこの日のうちにあらかた片づけておかなくてはならない。これからは雪も降れば、そうでなくても洗濯物は凍る。おそらく外干しできるのもこの日が最後、シーツや布団カバーを洗濯して干そう。そして冬に備えた庭仕事もおおむね済ませておこう。

主眼は「冬支度の完遂」

天気がもてば今年最後にいくらか自転車に乗ろうかとも考えてはいたが、28日は予報どおりに朝から雨が降る。この滞在の眼目は「冬支度の完遂」だからして、自転車はあきらめ散種荘にこもり淡々と作業をこなす。冬に必要な道具を物置から引っ張り出し、しばらく使いようがなくなる道具を反対にしまい込み、配送される注文の品を受け取る。例えば自転車やスケートボードはここから3ヶ月から4ヶ月は出る幕がない。登山靴に出番が回ってくるのだって半年くらい先だ。反対にスノーボードが連日に活躍するのはもう目と鼻の先。それら一式、物置に往復して入れ替える。前日にウッドデッキでシーツを広げていた物干し台もたたんでくくって物置にしまう。3種類ミックスして焚く薪の、まだ届いていなかった残りの種類を受け取り「薪活」を一段落させる。そしてふっと息をついたつれあいは、晴れた日に採集しておいた植物で、リースなぞを作り始めたわけだ。

「細工は流々」と「あっと驚くタメゴロー」のはざま

続く29日、前夜に雨から引き継がれた雪が降り続く。だけれども日中の気温は高く、湿った雪は対応を迫るほどには積もらない。町に下りていかなくても大丈夫なよう準備していた私たちは、CATPOWERや古いDUBを聴きながら、ぬくぬくこもって相変わらず冬支度を進める。気がついたらつれあいが自作の植物リースを窓辺にかけていた。思い出したように飛び込む「クマ目撃情報」が散種荘から離れた地点であることに胸をなでおろしつつ、「こんな天気なのに…」となんだか可哀想な心持ちも抱く。

そんな風に、絵に描いたように「のんびり」と過ごしていたのだ。「次に来るときにはゲレンデもオープンするだろうさ。ふふ、細工は流々ってやつさ」などと余裕ぶっこいて悦に入っていたのだ。そう、30日の朝を迎えるまでは。前夜、気温が落ちて湿った雪が乾いた雪に変わり、スキー場に客を迎えられるほどに山の景色は一変した。せっかく急転直下のオープン日に白馬に居合わせているというのに、なのに、なのに、ボード抱えてゲレンデに駆けつけることができないなんて…。悔しいが、自動車を所有していないからだ(だからといって「やはり所有しよう!」などとはこれっぱかりも思わないが)。「シャトルバスの運行が始まるのはクリスマスのあたりか」なんて話してもいたっけ。

ああ、どうにもこうにも…。しかし、ここはひとつ、落ち着こうではないか。私は初老にさしかかったいい歳した分別ある大人である。そもそも、スキー場のてっぺんくらいに位置するコースがひとつ開いたに過ぎない。まだまだ縦横に滑降できるわけではなかろう。いわば縁起物みたいなものだし、私はそうしたものをありがたがるタチではない!などと、思いは千々に乱れる。でも、やっぱり悔しい…。

「悲しさまぎらす この酒を」

とは、渥実二郎のヒット曲「夢追い酒」の冒頭の歌詞である。除雪車が前の道を過ぎていく。あっという間にここまで雪が降ってしまうと「悔しさまぎらす この作業」があるのである。送電網に支障をきたしたのか、白馬村で20軒ほどとはいえ停電しているとの通知もあった。まず外に出て、エントランスの雪かきをしながら状況を確認せねばならない。小降りになったときを見計らって、枝が折れぬよう庭木の落雪対策も仕上げなければいけない。もたもたしている暇などないのだ。

繰り返すが、私は初老にさしかかったいい歳した分別ある大人である。つれあいと作業に打ち込むうちに悔しさなどとっくに忘れた。「くどくどとあらためるところが怪しい」との指摘は邪推というものだ。昼近くに強い風がひと吹きして雪は止んだ。11月も後半になれば、白馬には雪が降る。場合によってはスキー場がオープンするほどに雪が降る(あくまでてっぺんくらいに位置するひとコース程度ではあるが)。さあ、明日からは師走だ。カレンダーもそのまま来年に続くものに掛け替えた。ああ、もうすぐ隠居の身。まずは明日、リフト券を引き取りに行くことにする。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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