隠居たるもの、長い名前を反復して音読する。白馬にはいわゆる「ゆるキャラ」がいる。名前を「ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世」という。「むらおとこ」ではなく「むらお」、フランス語を日本語に訳すと「勝利の白馬・村男3世」となるそうだ。「白馬スキー伝来100年を記念して、2012年11月23日にペガサス座流星群からやってきた。背中の羽はお手製なので、空は飛べない。実は、白馬村長になろうと思っている」プロフィールにはそう紹介されている。これまで、ゆるキャラとはほぼ無縁に暮らしてきた。それが、村男III世が侵食してくるのである。
ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世から
「あなたは浄化槽設置の補助金抽選に当たっていたから、お金を振込んでおいたよ」という通知が昨年の10月中旬に届いた。散種荘が建つあたりは下水設備が整っていなくて、浄化槽を設置することが義務づけられている。自分で調べたわけではないから真偽の程に自信はないのだが、ちょっと前までは浄化槽を設置するすべての新築物件に支給していたものの、ここ数年でインバウンドさんに人気が出て申込みがたてこみ、予算が足りなくなって抽選になったかのように聞いた。もちろん申込んでいたし、すでに当選したことも知らされていた。引渡しが済み、この頃に登記も反映してようやく振り込まれたようだ。結構な金額のその大事な通知が、なんとヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世から送られてきたのである。なんだかとても嬉しかった。
そもそも「ゆるキャラ」とは
ウィキペディアにあまりにも詳細な記述がある(https://ja.wikipedia.org/wiki/ゆるキャラ)。これまで興味を持たなかった門外漢からすると「確かにそりゃあこうなってるわなあ」と少し呆れながらも感心する。「ゆるいマスコットキャラクター」を略して「ゆるキャラ」の名称を考案したのは、尊敬するみうらじゅんだった。彼は「ゆるキャラ三か条」なるものまで提唱している。ウィキペディアから引用しよう。
「提唱者であるみうらじゅんは、あるキャラクターが「ゆるキャラ」として認められるための条件として、以下の三条件を挙げている。
- 郷土愛に満ち溢れた強いメッセージ性があること。
- 立ち居振る舞いが不安定かつユニークであること。
- 愛すべき、ゆるさ、を持ち合わせていること。
みうらはこれに加えて「原則として着ぐるみ化されていること」も条件に挙げている。また、郷土に由来する「いろんなものを盛り込みすぎて、説明されないと何がなんだか分からなくて笑いを誘うようなところ」、「突っ込みどころの多くとんちんかんなところ」、「プロが商品開発のことを考えてリサーチしたりせず、行政や市民といったキャラクター作りの素人が作るがゆえのゆるさ」、なども指摘する。」
「ゆるキャラ」は痛々しい
つれあいの実家は熊本である。新型コロナ禍で今はままならないといえども、熊本とは定期的に往来する。それゆえ「ゆるキャラ」の絶対王者たる「くまモン」とは親しく接する機会がある。「ゆるキャラ」界でくまモンが別格となったのは考えてみれば当然であろう。マスコットキャラクターとして世界的に絶大な人気を誇る「クマ」を、「熊本」にかけてまずは「押さえて」しまったのだ。ここからして凡百の「ゆるキャラ」とは出自が違う。そんなくまモンの成功にあやかろうと、各地に「ゆるキャラ」が登場し群雄割拠の様相を呈するのだが、そこには「藁にもすがる」ような「ゆるく」ない必死さが醸し出されていて、その様子が私にはどうにも居心地が悪い。微笑ましい話題として取り上げているのだろうが、ニュースで「ゆるキャラグランプリ」なぞが報じられたりすると、痛々しくてどうにも正視に耐えない。だから、「無縁」という距離感を保ってきたのだ。そこにヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世が侵食してくる。しかし、どうしてかそんなに悪い気はしないのである。
ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世が、窓からひっそり呼びかける
先日、白馬村から封書が届いた。しかも税務課からだ。封を開け三つ折りにされた通知を開く。「新築された建物は、令和3年度固定資産税課税対象となります。つきましては、地方税法403条により固定資産税算出の為、現地での実地調査へ伺いたいと存じますので、ご都合の良い日をご連絡ください」とのことだった。書面に目を落とす私は、さぞや「これから苦い虫を噛み潰さなければならない」ような顔をしていたことだろう。ひとまず連絡は後回しにして、通知をどうやって保管しようか考える。わかるように封筒に戻して残すか、それとも書類だけこのまま机に放り出しておくか…。決めかねてひとまず封筒を手に取り、またしても少し嬉しくなる。書類に記載されていた宛先を半透明の薄紙で透かしていた白馬村税務課定型封筒の窓、書類がなくなってみるとその向こうでヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世が「税金は期限内に納めましょう」と呼びかけていた。
ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世には喜んで
村男III世は本質的に「ゆるい」。表情も無理に「明るさ」を装わないし痛々しくもない。とりあえずは調査に来ていただく日程も決まった。これらの大事な通知にこのキャラクターを登場させる白馬村の「ゆるさ」も好ましい。に日程を決める際、電話口で「でもね、天気次第ではスキー場に行きたくなっちゃうかもよ?」と口にしたら、税務課の担当者は笑ってくれた。村男III世、君には喜んで納税する。それに引き換え、ガースー総理には税金を納めたくない。「GO TO」とかぬかして私があずかり知らない方の旅行代や宴会代にあてがわれるのも、広島の見下げ果てたコソ泥夫婦の「給料」の原資にされるのも、ほとほと嫌だ。私の友人が「緑のたぬき」と呼ぶあの人にだって同様である。いっそのこと住民票を白馬に移してしまおうか。ああ、もうすぐ隠居の身。検討課題がまたひとつ増えた。