隠居たるもの、感心しながら舌鼓。2024年8月23日午後5時30分、東京は新宿区富久町に店を構える焼肉ヒロミヤ新本店の2階座敷でテーブルを囲み、私たちは「店主」の説明に耳を傾けていた。果たして彼の肩書きというかポジションが「店主」であるのかどうかはわからないが、とりあえずここではそう呼んでおく。なぜならこの店にはスタッフが彼一人しかいないからだ。とてもいい肉をリーズナブルに提供する、ずっと先まで予約が取れない人気店なんだそうだ。この近くで暮らす先輩が幹事役になって予約を取り誘ってくださったので、所在以外の予備知識なく来店したのだが、様子を観察しながら「店主」の説明を聞いてみて、「ははぁ、そういうカラクリでできあがっているのか」といたく感心する。まずは幹事役の先輩が注いでくださった生ビールのジョッキがいき渡り乾杯をする。そしてこの日に行われた高校野球の決勝戦について話が始まった。

第106回全国高等学校野球選手権大会決勝戦

野球をやっていたわけでもないから、思い入れる理由が発生しない限り甲子園大会に興味を持つことなど例年ないのだが、この決勝戦に際しては「思い入れる理由」が持ち上がった。まずこの全国大会決勝戦まで固くかっちり勝ち上がってきた関東第一高校である。この強豪校がここに至るまでにただ一試合だけ、危うく負けかけ終盤に追いつき延長タイブレークに持ち込みやっとのこと逆転したゲームがあった。東東京予選大会3回戦、なんと対戦相手は我が母校である(文末に参照記事を紹介)。惜しくもジャイアントキリングならなかったわけだが、もし関東一高が危なげなく優勝したならば、「この夏にこのチームを苦しめたのは日本広しといえどもうちだけなんだから、我が母校こそが『甲子園準優勝』といって過言でない」とOBたちは酒場でクダを巻くことができる。そんな単純な話でないことは百も承知であるが、「ネタ」として面白いから充分である。

一方の京都国際高校。在日コリアンの教育を担う各種学校として発祥し、2003年に教育基本法いうところのいわゆる「一条校」の認可を受け、多様な出自の生徒が通う中高一貫の学校法人となり現在に至る。歴代の関係者に知人もおり、大学の先輩が現在も要職に就かれてもいるから、自ずと応援してしまうのもそれは人情というものだろう。そんな両校が対戦する決勝戦は、キリキリする熱戦の末、京都国際高校が延長タイブレークを制し、めでたく初優勝を勝ち取った。そして、優勝校をあそこまで苦しめた準優勝校をあわやというところまで追い詰めたのだから、我が母校は「実質的全国3位とみなす」ということにこの際しておく。

ようやく合点したヒロミヤのシステム

そろって60代の同じ大学出身のいつもの先輩後輩5人が集い、厚切りのタン塩を「これ、うまいね」なんてほおばっていたあたりだろうか、私はようやく完全にこの店のシステムを把握する。予約は「一人8,000円のコース」だったのだが、そもそもそれ以外の「形態」がなく、「当店のシステム・コース内容をご理解いただける方のみのご予約承ります」と謳っている。コースには酒類をはじめとした飲み放題および〆のカレーと冷麺も含まれている。ただ一人店にいる「店主」は飲み物のサーブをいっさいしない。テーブルの横にある冷蔵庫から飲みたいものを取り出し、客自身ががセルフで作り自分たちで回す。食事はその都度「店主」が持ってきてどうすべきか説明してくれるが、網の交換や火力の調整を含めあとはすべて客任せ。私たちが訪れた店舗に置かれたテーブルは3卓のみで、簡素で小さな建物の内装には凝った意匠などまるでなし。一人で切り盛りできる範囲に「店主」の仕事量を抑え、そうした店舗を何軒か展開し、人件費を含めコストを徹底的に抑え経営資源を肉に集中し、良質のものをできるだけ廉価で提供する、そんなビジネスモデル。賢い、これは確かに美味しいはずだ。

焼肉ヒロミヤ:https://sites.google.com/site/hiromiyasan/

先輩後輩というよりもはや親戚

年嵩となる先輩は67歳になろうか。最も若い私が先日に還暦を迎え、ようやくそろって60代となった。先輩たちも所属した在日コリアンのサークルに私が勧誘されたのは大学入学直後の41年前のこと。趣味を通じて仲良くなったわけでもなく、「サークル」と呼ぶのがふさわしいかどうか「?」なほどに濃厚な存在論的活動をしていたから、自ずとその結びつきは深く濃厚なものとなり今日に至るまで続いている。だから先輩後輩であるには違いないのだが、仕事に関係することもなくこれだけ長くつきあっていると、なんというか親戚、気にかけ合う従兄弟どうしって感じで、私はさながら末弟といったところ。今回の幹事役を担った、私を直接にサークルに勧誘した四男坊にあたる先輩が「勝手を知ってるのは俺だけだから」と冷蔵庫のすぐ横に陣取り飲み放題の酒をサーブしてくれる。語りたいことの真意を誤解なきよう説明するのに手間がかからず、いつもと変わらず少々乱暴な口調になろうが意に介さない、「え?この値段でシャトーブリアンが出るの?」などと驚き、店員にチョロチョロされないのがかえって居心地良く、なんとも楽しい夕べであった。

見計らったようにこのタイミングでエアコンが壊れる

楽しさの余韻が残る翌24日、グループLINEに「みなさんがなんで京都国際について話していたのかが今日になってやっとわかった」とメッセージが届く。そうしたことにさっぱり関心がないあの先輩らしくて笑う。私はそのとき「もはやこの期に及んでスーツを着用する仕事に再就職することはあるまい」と判断し、買取業者に持って行くべく、いざという時のために残しておいたスーツやらブリーフケースやらを整理していた。「断つ」とか「捨てる」わけではないから「断捨離」という身も蓋もない言葉使いは好まないが、身軽になるよう私たち夫婦は少しずつ身辺を見回し始めているところだ。しかし作業に熱中したからかどうにも暑い。気がつくとエアコンが壊れて止まっている。20日の夜に東京に戻ってきてからというもの確かに挙動不審ではあったのだ。「やれやれ、10年くらい前までは海風が吹き抜けてこの部屋ではエアコンなぞあまり使わなくて済んだのに…」とぼやいたところで始まらない。ヒートアイランド化が著しい東京で生存するためにはエアコンは必須で「断捨離」するわけにはいかない。呆然とするまま先輩たちとのグループLINEに「壊れました…」と流してみると、エアコンに関する活発な議論が始まる。またすぐに白馬に避難することだし、それを参考に具体的な対処をするのは9月になってからだろう。ああ、もうすぐ隠居の身。とにかく焼肉でスタミナをつけておいてよかった。

参照記事:関東一を追い詰めた“謎の高校”にX騒然「何者なんだ?」 今夏初戦で起きた大激戦https://news.yahoo.co.jp/articles/09af1d38ce0f0cfeaaee36c4aa0a0123aad677ab?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTEAAR2JAJ2ORTe0qGQpSG2I93qgKADPL6wBVjHeyxFc-EYNIwmv_icfSDXd0cU_aem_xwUDeFL_E-bHovP1pGqFsA&ai

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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