隠居たるもの、ひとまず「320年」と声にする。日本橋に神茂という店がある。このブログで何度か題材にした、はんぺん、蒲鉾、おでん種の店だ。創業元禄元年、春秋320年を優に超えて商売するこの店を、私たち夫婦は愛してやまない。とはいえ、おでんという季節感満載な食材であるがゆえ、年がら年中のべつまくなしというわけにもいかない。だから季節を彩る風物として冬の間にほんの数度だけ食卓を彩る。少なくとも一度は友人を招いた「おでんパーティー」だって開催する。これまでにどれくらいの友人を誘ったことだろう。毎冬ばらけていて重ねて同じ人に声をかけたこともないかと思う。神茂のはんぺんの感動を一人でも多くの友人に伝えたいからなのだろう。
本寸法のはんぺんと「はんぺんもどき」
本寸法、Weblio辞書 実用日本語表現辞典によると「本来の状態、あるべき姿、といった意味で用いられる表現。特に落語の用語として、型を崩していない・正統派である、という意味合いを込めて用いられることが多い」とある。320年を超えて、原料を含め江戸時代からの製法を守り続ける神茂のはんぺん、まさしく本寸法である。私に促され初めて口にする友人たちは「なにこれ、ふわっふわじゃない!へえ、これが本物のはんぺんなんだ!今まで私がはんぺんだと思っていたものは『はんぺんもどき』だったんだね」とたいがい目を丸くする。2024年2月14日、白馬にも度々訪れるつれあいの古くからの友人を招いてこの冬の「おでんパーティー」は開催された。この日の彼女たちも案の定そうだった。
気がつけば2月14日はバレンタインデー
このところ右肩の神経痛に悩まされている私が、行きつけの日本橋KIZUカイロプラクティックANNEXでコンドーくん相手に2月の予約をつき合わせていた先月のこと。「春節に合わせて東京に戻ってくるから、それでもって2月14日に『おでんパーティー』をするんで、神茂におでん種を買いに行くついでもあるし、そうだね、来月は13日がいい。え?ちょっと待てよ…。いけねぇ、ねえさんたちとの『おでんパーティー』をバレンタインデーに設定しちゃったよ。なにひとつ他意はないんだけどさ、ねえさんたちが面白がりそうだ…。やれやれ」と頭を掻く私にコンドーくんは大爆笑。それでは当日はどうだったかというと、おでんが一段落したところで、あにはからんや「車を運転する前に食べたらダメよ、これは」とお酒がたっぷり仕込まれたチョコレートを進呈いただく。「本命」でも「義理」でもない、少し照れるが「友愛」というところか(笑)。「あっ、今日バレンタインだった?」とケラケラ笑って写真を撮っているのはつれあいだ。還暦を過ぎたねえさん方はなんとも軽やかなのである。還暦まであと3ヶ月の「年下の男の子」は頭を掻くばかりだ。
肴はあぶったはんぺんでいい
「商売はあまりおおきくしてはいけないよ。 大きくするとどうしても目が行き届かなくなる。食べ物は一度まずいものを売って評判を落としたら、 二番が続かない。また買いに来ていただけるように、ていねいにいい品を造ることがいちばん大事なんだよ」神茂320年の伝統を支える先人の言葉だそうだ。手をかけてそうして造られるはんぺんはおでんにして美味しいだけではない。あぶってわさび醤油をたらして食すとこれがまたどうして、とんでもなく美味しい。おでんに少し飽きたころに出すと、ねえさんたちは再び歓声をあげた。
雪に降りこめられた大寒波の夜
バレンタインデーから少しだけ遡る1月末のことだった。なんの拍子だったか大学の先輩たちとのLINEグループで、ある先輩が「ハンペンは何の味もしない」とおっしゃった。神茂の信奉者である私は当然のこと「神茂のはんぺんはモノが違います」と異議を唱える。「そこまでいうなら」と先輩、神茂から「おでん種」詰め合わせを取り寄せてみてやっぱり目を丸くした。おかげで私は神茂に通信販売があることに気づき(考えてみれば今どき当たり前なのだが)、大寒波の襲来が予報されていた2月5日の夕食にすべく、早速に白馬で取り寄せてみた。
折悪しく冷蔵庫に食材がなくなろうかというちょうどそんな頃合いに大寒波が襲来する。当然のこと大雪になるし買い物に山を下りるのは億劫な上に危険でもある。だから日本橋からクロネコヤマトを通じて届くクール便を、氷点下の中をゆっくり走るトラックに載る江戸前のおでん種を、散種荘でじっと待っている。配送料込み二人分で3,000円と少し、金額からすればさほどの贅沢とは言えまい(バレンタインデーの「おでんパーティー」のときだって、4人で6,000円弱である)。しかしだ…。安曇野の銘酒 大雪渓を玄関脇に積もった雪に刺して冷やし始める。荷が届き、包みを開く。かわりばんこに風呂に入ってあがる。薪ストーブにあたりながら神茂のおでんをいただく。雪に降りこめられた山の中、これを贅沢と言わずしてなにを贅沢と言うのだろうか。
ふた袋の粉がらし
「おでんパーティー」前日、2月13日のことだ。「ここで通販の梱包やら発送作業もしているんだね。つい先日、寒波が下りてきて大雪だった白馬に送ってもらったんだけど本当に助かった、ありがとう。」買い出しに神茂の店頭を訪れている私は、店員さんを相手にことさら「お得意様」感を醸し出そうと四苦八苦していた。つれあいは「おでんはからしを口にするための料理」とまで豪語するからし好きだ。彼女から「神茂がつけてくれる粉がらしはとても美味しいの。今回は4人だし、だから絶対、ふた袋もらってきて」と指令されている。スーパーなど店に並ぶチューブの練りがらしは、乳化剤など余計なものが混ぜられていてキリッと辛くないという。しかし、ひと包みに粉がらしはひと袋、それが神茂の決まりだ。あの手この手で食い下がるも、三角巾を頭に載せた店員さんは下を向いて困惑するばかり。あんまり格好悪いし、あきらめ、帰宅し、経緯を話す。「やっぱりダメか…、仕方ないね」、つれあいはいかばかりか落胆する。そして当日、パーティー前に用足しに出ていた私のスマホにショートメッセージが届く。おでんを煮始めようとしたつれあいが「さすが320年の伝統」と感激のあまり写真を送ってきたのだった。私が神茂から持ち帰った紙袋、その中身はどういうわけかわざわざふた包みに分けられていて、そのふたつを開けてみると、それぞれの包みに粉がらしがひと袋ずつ、合わせてみたらふた袋…。なんとも奥ゆかしく乙なことをする。その日のおでんはからしが目に沁みて格別に美味しかった。ああ、もうすぐ隠居の身。本寸法ってえのは伊達や酔狂で出来上がりはしないのである。