隠居たるもの、台風一過を闊歩する。シルバーウィークとやらの最終日にもあたる2022年9月25日の日曜日、久しぶりに朝から気持ちよく晴れ渡る。14号に追い立てられつつやっとこさっとこ東京に戻ってきたら、息つく暇もなく15号が襲来、とんでもない風が吹いたかと思えば、ときに窓の向こうで稲光がカッと光る。今日は大丈夫かと木場公園にウォーキングに出るなりパラパラと断続的に雨に降られたり、お彼岸だし墓参に出向こうかと予定すれば「今後の大雨に注意」と警告され持ち越しを余儀なくされる。どうにも安心して外出できない穏やかならざるそんな1週間弱を過ごした。「あっしには関わりのねえことでござんす」けれど、今日はせっかくの連休最終日、あれやこれや、ここで帳尻を合わせとかなくちゃあいけない。
やっぱり日曜日は「日曜美術館」で始まる
まずは両親の墓参である。墓所があまりに遠いと出向くのが億劫になるところ、寺町である深川に袖すれあった他生の縁もあって、うまいこと散歩ついでの距離で墓を持つことができた。墓参の後は墓所すぐ近くの評判の弁当屋「築地 やまの」に立ち寄り、昼食に海鮮丼や焼き魚弁当なぞを所望しようと目論む。そうとなったら出発は弁当屋の開店時間を考慮してゆっくりと午前11時過ぎ、ならばこれ以上にない日和なのだからいつもと変わらずNHK Eテレ「日曜美術館」を見ながらたっぷり洗濯をする。番組後に各地の展覧会情報を紹介する「日曜アートシーン」で、東京都現代美術館「プールヴェ展」が取り上げられていた。はたと思いつく。返す返すもこれ以上にない日和なのである、お弁当は美術館に隣接する木場公園で食べることにした。飼い主に連れられ散歩している子豚も気持ちよさそうだった。フランスのデザイナー・建築家「プールヴェ展」はあらためて平日に観にこよう。
昼下がりに新しくできたベルギービール屋で待ち合わせる
「ここまで陽気がいいと、明るいうちに冷えたビールをキュッと飲みたくもなるじゃあねえか。白馬でうつつを抜かしてたこの夏に、ほらこの先にベルギービール屋ができたろ?そこに行ってみないかい?」とかけあうと、つれあいは「それなら一緒に酒を酌み交わす機会がこのところなかなか持てなかった近所の友だちカップルも誘おう」と応じる。連絡を取り合い、午後2時くらいに店で待ち合わせることにした。「ああ、この店、やっぱりもたなかったか、気の毒に、新規開店のタイミングがまんま新型コロナにあたっちゃったもんなあ…。あれ?こんなとこに中華料理屋が新しくできてるぞ?」2ヶ月もパトロールを怠ると、「面食らう」ほどではないにしても通りには色々様々な変転がある。正直に申し上げて「死にかけ」ていた商店街に突如として射し込んだ希望の光、新しくできたベルギービール屋「Beer Gourmand(ビア グルマン)」もそのひとつである。特徴がはっきりした小さなお店、近ごろ面白いのはこういうところ、ここは繁盛しそうだ。
あそこにできたミニシアター
フルーティーなヒューガルテンなんぞをさっぱりと飲みながら、久方ぶりに四方山の話に興じていると、「そういえば菊川の交差点のとこにできたねえ、ミニシアター」と盛り上がる。私たちの生活テリトリーの中には、都営新宿線「菊川」駅界隈も含まれている。清澄白河やら森下がここ20年ほどにわたって小洒落た変転を繰り返してきたのもどこ吹く風、隣接するこの町はちょいとヤンチャな下町の風情を色濃く残したままだった。そんな菊川に「こともあろうにミニシアターができることになった」と耳にしたとき、誰もがまさしく「面食らった」。しかもやさぐれた雰囲気を醸し出していたあのパチンコ屋を作り変えてだというからなおさらだった。
「夏休み」を切り上げ東京に戻ってきた翌日、さっそくジムワークを再開した。映像だけが流されるジムのテレビをストレッチしつつ見ていると、TBS午後のワイドショーで「時代に逆らい開業するミニシアター」が大々的に取材されている。併設されたカフェも含めて大変に洒落ている。柿落としはジャン・リュック・ゴダール特集だそうだ。「ふ〜ん、コンセプトも統一されていて、こりゃあ周到なプロの仕業だな。どの街で開業したのだろうか。それにしても同時期に同じようなことを考える人がいるもんだ。しかしなあ、これからここにできるというミニシアターなんぞはとてもじゃないが同じようにはできまい…」大胸筋を鍛え直しながら、ブツブツとそんなことを考えていた。その後に用事があってかつてのパチンコ屋の前を通りかかってみると、ミニシアターは「これからできる」どころかすでに開業していた。しかも、この「Stranger」こそがテレビで取材されていた映画館だった。たった2ヶ月でこうも変わるのだ、それこそ度肝を抜かれた。柿落としのタイミングでゴダールが死んじゃったこともあって繁盛していると聞く。当然のこと、そのうちに寄ってみる。
玉鷲が最年長で幕内優勝を決める
この間のあれこれ楽しい話はつきないが、ベルギービール屋でのビールは2杯で切りあげ、大相撲秋場所千秋楽の優勝争いが気にかかる私たちは午後3時半過ぎに店を出た。露店がずらっと並んだかつての賑わいはないとはいえ、日曜と祝日、この店の前の道は歩行者天国となる。もう彼岸だ、この時間にどことなく爽やかに夕暮れの気配が漂い始めている。やはり久しぶりに会う、少し年上の知人が近所の子どもたちにベーゴマを教えていた。少し世間話をすると、ぽつり、つい最近に奥様を大動脈解離で急に亡くされたという。返す言葉がない…。庵に帰ってテレビをつける。高安を応援していたのだけれど、玉鷲が強烈にそしてあっさりと、37歳と10ヶ月の最年長で優勝を決めた。まさしくその年恰好で、私は一昨年に早期定年退職を果たした会社に否応もない転職を余儀なくされたのだっけか。しかし「人間万事塞翁が馬」、今こうしていられるのもそのおかげ。ああ、もうすぐ隠居の身。そう、帳尻は合わせておかなくちゃあいけない。