隠居たるもの、友の来訪を待ち侘びる。2022年9月18日、迫り来る台風14号の行方を気にかけながら、古くからの友人たちがやって来るのを待っていた。この連休に彼らは滋賀からやって来て北アルプスの山に登り、帰りがけに散種荘に立ち寄り一泊することになっていた。ともに同期の友人であるこの夫婦をもてなす一晩、2ヶ月に及んだ私の夏休み最後の夜でもある。各地でひどい雨とは聞こえてくるものの、白馬の天気はうっすらとした曇り、雲を見下ろす山上はさぞや絶好の日和となっていることだろう。午後12時40分に「無事に下山した」との知らせが届く。ゆっくり日帰り温泉なぞにつかって、こちらに到着するのは午後2時から3時の間になるという。

飲みねえ、飲みねえ、食いねえ、食いねえ

「この人の薄情さときたら!靴の底がベロンとなった私を気にかけることもなくスタスタと!だいたい私は「白馬岳」を「しろうまだけ」と読むなんてことも知らんかったのに!こんなところに連れてきてこんなひどい目にあわせて!」さっそくに昔と変わらないマシンガントークが炸裂する。「話半分に聞いといてな」とにこやかな旦那。「栂池に下りる」と聞いていたから、標高2932mの白馬岳に登っているんだろうとは思っていた。この友人夫婦と親しく接するのが初となるつれあいも、クスクス笑わされているうちにすっかりうち解ける。山から下りて風呂にもつかり今日はもう車を運転することもない。陽が落ちるのはまだまだ先だが、さあビールでも飲みねえ、飲みねえ。過酷な山行きだ、ろくなもんも食っちゃあいまい、もう炭もおこそうじゃあねえか、食いねえ、食いねえ。そもそもクラフトビールもソーセージも、たまらないこの厚切りベーコンも君らが滋賀から持ち込んだお土産だ。「でも白馬大雪渓がな、かつてよりずいぶん短くなっとった」笑えないそんな話も聞きながら…、我々の頭髪が薄くなったのはいたしかたないにしても…。

「5人抜き」と「神の手」、マラドーナの伝説を私たちは一緒に観たのだった

「これかけてええ?」私のレコードコレクションを物色していた友人が、何枚かをチョイスする。「私はこれ聴きたいわ」とエリック・クラプトン最新作「Lady In The Balcony: Lockdown Sessions」が横から差し出される。暗くなる前にウッドデッキでの炭焼きを終え、私たちは屋内に戻りBGMをそれぞれに選びながらそのまま飲み続けていた。友人夫婦は京都に育ち京都の大学に通っていて、私は東京に育ち東京の大学に通っていた。だから常日頃いっしょに遊んでいたわけではなく、今から考えてみればお互いに騒々しい月日を送ってもいたし、こんな感じで酒を酌み交わすこともなかったのだが、そこはやはり同い年、なにやら居心地がいい。そうこうしてあたりがすっかり暗くなったころ、「ドン、ドン」という破裂音が断続的に響く。どうやら空からだ。ランタンを持って4人して外に出てみると、八方尾根で花火が打ち上げられている。

「そういえば君の家でW杯をいっしょに観たことがなかったか?」想い起こしてみる。そうだ、東京で行事があって彼らみんなが上京したおり、私が育った家に彼を招き泊めたのであった。1986年6月22日、W杯メキシコ大会 準々決勝アルゼンチン対イングランド、マラドーナが「5人抜き」と「神の手」のゴールを決めたあの伝説の一戦を、自室の小さなテレビで、深夜にこの友人と一緒に観ていたのだった。2人ともサッカー部出身、あらためて照らし合わせると音楽にしろサッカーにしろ「趣味」がとても似通っている。なのにことさらそれに気づかずここまで過ごしてきたこと、なんとも不思議な心持ちだ。

君のおかげ

私たちの同期の友人が亡くなったのは2019年6月のことだ。私がこの「もうすぐ隠居の身」という省察を始めたばかりで、その顛末については「友を悼む」https://inkyo-soon.com/friends/ という段でつまびらかにした。「私たちは同じ学校に通っていたわけではない。日本全国の大学を横断する会に属し、卒業するまでの数年間、苦楽を共にした。あの時代のこの国の学生からすると壮絶ともいえることをしていたので、苦楽を共にしたという表現はしっくりと馴染む。しかし、出身大学もバラバラで日本全国に散っているがゆえに、卒業後に顔を合わせることも次第になくなっていく」とそこに記している。滋賀からやって来た友人夫婦と彼の葬儀で再会を果たすまで、少なくとも20年の月日が経っていた。それからSNSで近況をやりとりするようになって、新型コロナの大騒ぎが始まって、私が早期定年退職して散種荘をこしらえて、ようやく「山登りのついでにそこに遊びに行っていい?」ということになったのである。明るいうちから始め、飽きることもなく8時間近く飲んでいた。当然に他の仲間たちのことが気にかかり「せっかくだから同期会でもやるか」という話になる。死んでしまったのはとても悲しいことだけれど、これもみんな君のおかげだ。

嵐のように現れた友人夫婦は台風14号が迫りくる前に

翌19日、台風14号の進路をチェックし、軽い朝食をとり、最後まで笑わせてくれながら、本格的な筋肉痛の訪れに身体をきしませつつ、友人夫婦は滋賀へと帰っていった。それから私たちはゴミを出し、最後の洗濯をし、炭焼き台と焚き火台を掃除して物置にしまいこみ、あらかた終わっていた「夏休み」の後かたづけを午前11時にすっかり完了させる。すでに切符を予約してある中央線特急あずさ46号は午後3時16分発。「数時間とはいえ余韻を味わえる」と悠長に身体をのばしたとたん、けたたましくインターホンが鳴った。ガテンなアンちゃんたちが玄関先に立っていた。冬に備え、積もる雪が落ちやすくなるよう屋根にフッ素塗料を塗ることにしていた。明日20日から始まるその塗装工事の足場を組みに来たのだ、台風14号がやってくる前に済ませておきたいのだ、と彼は言う。仕事を依頼した池田建設の池田社長は「足場をケチると職人は手を抜きますよ」そう忠告してくれていた。なるほど、自分の命を軽んじる依頼主の仕事に力を注ぐ職人なぞまずいまい。「よろしくしっかり頼みます」と応じると、ガチャガチャと騒々しくなった。午後1時過ぎになるとメールが届く。「あなたが予約している中央線特急あずさ46号は台風のため運休が決定いたしました」…。

あわててそそくさと動き出し、バスで長野に向かい、うまいこと東京行きの新幹線に座席を占めることができた。群馬の高崎を過ぎたころだろうか、友人から「こちらは無事に着いている」と連絡が届く。「夏休み」はこうして慌ただしく幕が下りた。だがしかし。ああ、もうすぐ隠居の身。新しいスタートが切れた、そんな心持ちなのである。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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