隠居たるもの、今年の夏をしめくくる。ほぼ2ヶ月にわたった「もうすぐ隠居の夏休み」もそろそろお開き、打ち上げる頃合いを迎えている。さて「夏休み」という単語から浮かぶイメージといったら、自由、ちょっとした冒険、甘ずっぱくときにほろ苦い、そして成長…、そんなあたりに落ち着くのではなかろうか。ゆえに誰もがそこにほのかな郷愁がごときものを覚えるわけだが、ここがどうにも眉唾だ。映画やドラマでことあるごとにそうしたイメージを植えつけられるうち、ありもしない「甘美な記憶」がいつしか脳細胞に刷り込まれているのかもしれない。そんなもろもろを確かめるべく、最も長く休む大学生とほぼ同じスケジュールを設定し、カッコだけでももう一度、私は「夏休み」を追体験してみることにしたのであった。

猿が見守る中、タープを洗浄してかたづける

庭の向こう、お隣さんの敷地の樹木がバサバサと音を立てる。ときおり「キィキィ」と言い争うような声が聞こえてくる。シルバーウィークとやらが始まる2022年9月17日土曜日、2ヶ月近く張りっぱなしにしていたタープの片づけにとりかかった午前8時55分のことだ。猿だ、3頭いる。そういえば管理事務所から「近ごろ猿が出没するので、餌になるようなものを外に置かないで」と注意喚起されていた。「襲われる?」とつれあいは腰がひけるのだが、片手にホース、そのまた片手に泡だったスポンジ、そんな初老にさしかかった海水パンツ姿のホモ・サピエンスを彼らも無闇に襲うことはなかろう。私は四隅のペグを抜き、ロープとポールを外し、ペランと二つ折りになったタープに、ホースからざっと水を撒く。きれいにはじかなくなっている箇所をチェックし、ウッドデッキに下ろしてゴアテックス洗剤で汚れを落とす。広げて乾かし始めるまでに、猿は隣地の林に去っていった。

おにやんまくん

タープが作る日陰でビールでも飲みながら、①ジル・クレマン「動いている庭」や②ヘルマン・ヘッセ「庭仕事の愉しみ」といった「夏休みの課題図書」を読む、そんなことを以前にも著したかと思う。しかし現実は甘くない…。夕方ともなると、あっという間に虫が襲いかかってくる。蚊だけではない、アブもブヨもよってたかる。ひどい目にもあった。それを機に学習したことがある。メロン坊やをともなって訪れた47スキー場のキッズランドで働くお兄さんが教えてくれた。昆虫界最強の捕食者「空の王者」オニヤンマをかたどったものをぶら下げておくと、連中は恐れをなして近くに寄ってこないんだそうだ。もっと早く知っていれば…、さっそくにAmazonで「おにやんまくん」を買い求めた。散種荘の庭を定期的に巡回する本物のオニヤンマと常駐する「助っ人」おにやんまくん、来夏、タープの下はより快適な空間になるに違いない。

夏休みの課題図書

夏の休みに「せっかくだから腰をすえて読もう」という本があると、つい「夏休みの課題図書」と呼んでしまう。毎夏あちこちでその言葉を目にし耳にもするから、私に限ったことではないのだろう。もともと「ゆっくり本を読む」ことが名分の散種荘である。この2ヶ月に私が虫に刺されながら読んだ本は上の①②2冊だけにとどまらない。たまに「どんな本を読んでいるのか」と聞かれることもあるから、恥ずかしながらここに披露しよう。

③「マイルス・ディヴィス自伝」:上下2段500ページの書き出しからしていきなり「まあ、聞いてくれ。」さすが帝王、ドスが利いている。つれあいが「宇宙と交信できる」と評する人はやっぱりとんでもなく、おかげでJAZZの俯瞰図がおぼろげながらようやく理解できた。④安岡章太郎「海辺の光景」⑤同「質屋の女房」:ちょっとした合間に読みやすい中短編集2冊。⑥「茨木のり子詩集」:「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」④⑤同様、学生時分に太平洋戦争を経験した人の作品をこの夏は読みたかった。⑦村上春樹「職業としての小説家」⑧戸川純「ピーポー&メイ」:34年ぶりに邂逅した友人たちで話題にのぼりすぐに読んで「あの頃」を想い出した。⑨小川仁志「超訳「哲学用語」辞典」⑩ブレイディみかこ「ヨーロッパ・コーリング・リターンズ 社会・政治時評クロニクル2014−2021」:哲学用語を平易な表現で現代的に解説してみせた⑨と、ヨーロッパとりわけイギリスからのレポート⑩、この2冊は毎朝トイレで少しずつコツコツ読んだ。

⑪白井聡「長期腐敗政権」:書中に台湾で新型コロナを封じ込めた若き天才 オードリー・タンに触れた箇所がある。今現在オードリー・タンは「人々が国家権力といきすぎた資本主義に毀損されないためにどんな社会を作っていくべきか」という日本の思想家 柄谷行人の提起について忌憚なく研究・検討するグループを作っているという。白井は「日本にあんな天才がいたとしても、政権の中枢に迎え入れ権限を持たす可能性は間違いなくゼロ。これこそが根本的問題で、そもそも日本の内閣には柄谷行人の書物を理解できる人は残念ながら多分ひとりもいない」と嘆く。⑫柄谷行人「ニュー・アソシェーショニスト宣言」:その柄谷さんの最近刊。今年の2月に買い求め積読してあったのを引っ張り出した。⑬岸本聡子「私がつかんだコモンと民主主義」先日の選挙で東京の杉並区長に選出された公共政策研究者。既得権益に群がる男主導の封建体制を補完する女性ではなく、彼女のような公正な人こそが活躍できる社会であってほしい。あの手この手で嫌がらせされるだろうが、がんばってほしい。⑭チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「パープル・ハイビスカス」:ナイジェリア女性作家、圧巻のストーリーテリング。「アフリカ文学の記念碑的傑作」といわれるアチェべ「崩れゆく絆」の続編とすら思える。

夏休みの名残りを惜しむ

ざっとこんなところではあるが、学生の時分に同じくらいに読んでいたかというとそんなことはない。他に宿題だってあったし、部活に出かけなくちゃいけなかったし、大学生のときはアルバイトだってしていた。実のところそこまでヒマではなかったのである。

昨日9月16日、晴れて少し暑くなりそうだったから八方池まで登ってみた。今日、タープを乾かしている間を見計らって裏の平川に入って遊んだ。ランチを済ませてからとうとうタープをたたみ、物置に一式しまいこんだ。明日に最後の来訪者を迎えてこの「夏休み」は終わる。ほとんど半ズボンで過ごした58歳「もうすぐ隠居の夏休み」、追体験してみてどうだったか。「やらなきゃならないこと」が目の前に並んでないからストレスがない、ほっといたって早く起きるから生活習慣が乱れることもなく明るい時間をたっぷり楽しめる、身体を動かさないと自然の中では遊べない、甘ずっぱくときにほろ苦いことは映画を観て思い出すだけでもう充分だ。どうだろう、刷り込まれた「夏休み」のイメージに近いのはどっちだろうか?こうして暮らせるのはなんとも幸運でありがたいことだ。ああ、もうすぐ隠居の身。ゆく夏を惜しんでいる。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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