隠居たるもの、大掃除の合間の小休止。2023年12月30日、年の瀬である。佳境を迎えた大掃除に根を詰めるあまり、またぞろ右肩に神経痛が顔を出す。大がかりな掃除だからこそ大掃除というからには、本棚なぞを例にとると、いちいち本を下ろしてから棚板の埃をはらい奥まで雑巾掛けをする。そうした作業を繰り返す過程で、突き出した首を前に伸ばす動作をとることが多いのか、久方ぶりに今回はしつこく痛い。取りかかった大掃除を中途で止めるわけにはいかないが、だからといって無理をすることもない。頻繁に休憩をとる。となると大掃除の常、棚から下ろした本をついパラパラとめくってしまう。そして「AUTO MOD、あったねぇそんなバンド」と懐かしむ。私が手にとっているのは「CHIRASHI」という本である。
CHIRASI Tokyo Punk & New Wave ’78-80s
今どきはフライヤーと呼ぶが、あの頃は当然にチラシと言っていた。ライブハウスやどこかの大学で開催されるライブ(ギグという人たちもいた)に出向くと、出入り口にそれぞれのバンドの関係者が何人も並んでいて(ライダーズジャケットを着た人が必ず一人はいた)、たっぷりたくさん手渡されたものである。すでに雑誌のぴあ(チケットぴあはまだない)はあったが、中学から高校に上がったばかりの当時の私が好んだアンダーグラウンドなバンドの情報が大きく取り上げられることはない。最も確かな情報源はこうしたチラシだった。取り損なうとわざわざ戻って「ください」とあらためてお願いしたものだ。
「CHIRASI Tokyo Punk & New Wave ’78-80s」と題され2022年3月に出版されたこの本には、その頃のチラシ700枚強が並ぶ。熱量が充分に伝わるから余計な解説は必要ないし、そもそも当時を懐かしむ者以外がこの本を手に取ることもあるまい。外国から刺激的なバンドが来日することなんか滅多になかったあの頃、私は東京のPunk & New Waveシーンに夢中だった。あんなバンド、こんなバンド、想い出す。さすがにチラシのデザインまでは記憶にないが「あ、この新宿ロフトのギグ、たぶん観てる」と思えるものもある。そうだった、当時のライブハウスの料金はたいがいチャージ1,000円+ドリンクだった。この本に詰まっている「なにか」は、私の人格を形成するにあたり最も重要な役割を果たしたといって過言でない。
年の瀬、大掃除そして買い物
そんな「CHIRASI 」をついパラパラとやってしまうものだから、大掃除のBGMはこの本に登場し我が庵に音源があるバンドを順繰りにかけることになる。LIZARD、FRICTION、INU、暗黒大陸じゃがたら、午前四時、THE STALIN、どれも45年前から40年前の作品だ。そういえば、年末年始の食材を買い出しに近所のスーパーマーケットに足を運んだ午前中のことだった。蒲鉾を手に取り「まったく正月ってえのは足元を見て高く値段をつけやがって…」とぼやきつつ周囲を見回してはたと気づいた。ごった返す店内にいるのは、カートの上のカゴを溢れさせながらゆっくりと動くご高齢の方ばかり、還暦と還暦手前の私たち夫婦なぞ若輩も若輩、まだまだ年少の部類だった。
「なぜ若いもんはいないんだ?」と訝しむものの、すぐに答えに思い当たる。若いもんは実家に出向くから自分たちで正月の食材を用意する必要がない、それに実家に帰らないのだとしても彼らは正月だからといって正月らしい料理を自らこしらえることはしない、むしろ普段と同じものを食べることに少しも不満はないのだろうし、縁起物とばかりおせちを口にしたければアウトソーシングで済ます、よって正月食材ばかりが普段より高く並べられたスーパーに自ら首を突っ込むことはしない。どうだろう、けっこう的を射ているのではなかろうか。
rockin’on 1月号
音楽雑誌を定期的に購読しなくなってもう何年になろうか、少なくとも10年にはなるか。なぜ購読しなくなったのかというと、面白く思える新しいバンドがなかなか出てこなくなったからだ。古くからのバンドは充分に知り尽くしているし、雑誌に教えてもらう必要はない。新譜が出たとしてもディスクユニオンやタワーレコードもしくはAmazonなんかが(アルゴリズムっていうの?)「こんなの出ますよ、あなた好きですよね」とわざわざメールで通知をくれるし。しかし1年に一冊だけ、決まって買い求める号がある。それは毎年12月に発売される、その年の 「洋楽アルバムランキング」特集を組むrockin’on 1月号。「CHIRASHI 」に飽きたとき、手に取るのはこの年の瀬の最新号だ。
かつて鶴田浩二は「傷だらけの人生」というヒット曲の冒頭で、「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます」と囁いた。やはり「新しいもの」を知り聴きたいのだ。今日はインターネットで「配信」というものがあるから、ランキングを熟読して「これ面白そう」と思ったらまずApple Musicの配信で聴いてみればいい。「いかにもロック」というバンドは近頃あまり出てこないんだけれども、私にも「これ、いいねえ」と感じられるセンスに恵まれた若いもんは確かにいる。そして今年のランキングをパラパラざっと見て驚いた。女性ばかりなのだ。非白人、LGBTQ+の子も多い。「世界」は爽快に突き抜けている。そんな女性の3人組、デビューアルバムが2位にランキングされていた、アメリカのBoygeniusというバンドが素敵だったので早速レコードを注文してみた。
世界の見え方
しかし、今の若いもんはインターネット配信で充分、だからレコードやCDなどあまり買わないのだろう。気に入ったからには「ブツ」として手元に置いておきたがるのは悲しいかなオジサンの習性だ(かつては「新人類」と呼称されたものだが、笑)。そこに思い至ると同時に、ようやく気がついたこともある。音楽の趣味というのは、得てして各人の「世界の見え方」が如実に反映するものだ。だとしたら、今の若いもんたちが新たに「いかにもロック」という音楽を作らないのは、彼らと初老にさしかかった私の間ではすでに「世界の見え方」およびそれに対するアプローチが異なっているからだ。それは彼らがせっせと正月用食材の買い物をしないこととも同根だろう。なあんだ、だったら彼らの「世界の見え方」を垣間見る、そんなつもりで聴いてみればもっと面白いんじゃなかろうか。なんてことを大掃除の合間に考える。さて、神経痛も痛いから今日はしまいとしておこう。さあ今年の省察はここまで。ああ、もうすぐ隠居の身。みなさん、良いお年を。来年もよろしくお願いします。