隠居たるもの、色づく時候をつぶさに玩味する。2026年10月12日、これ以上にない晴天に恵まれた三連休が終わった。ここ白馬も数日来ご多分に漏れず、寝床から這い出しロールカーテンを巻き上げ庭を見やると、朝露がそこかしこに連日しっとりと降りている。大気中の水蒸気が集まり気体から液体へと姿を変えたのが露。きれいに晴れた日の昼間、陽光をたっぷり浴びて地表の温度は上がる。しかし夕刻ともなり太陽が傾くと、地面に蓄えられた熱が大気中に放射され始める。雲がなければ放射された熱は遮るものもなくそのまま宇宙へと向かい、夜になって地表の温度はみるみる下がる。そして水分が気体として留まることができないほどに気温が落ちたとき、朝露が降りてくる。とまあこれが放射冷却の仕組みなんだそうで、一日の気温差が大きいときほど朝露は発生するのだという。午後4時ともなるとストーブに火を入れたくなるのも至極当然なのである。

二つのストーブに火を入れる

 ましてや来る冬を託す散種荘のふたつのストーブはともに新顔だ。その内訳はというと、7月に竣工なった離れのペレットストーブと出力の大きいものへと入れ替えられた母屋の薪ストーブ。双方とも今のうちに焚いておいて、唐突に冬が顔を出すまでに慣れておく必要がある。とりわけてもこれまでに使ったことのないペレットストーブの方だ。森林の間伐材や製材所から出る端材なぞを細かく粉砕し円柱状に圧縮成形した「木質ペレット」を燃料とする暖房器具、雪が降る前にそのペレットの調達を含めてひと通り練達しておくに越したことはない。10月の初旬に、まずはストーブ屋さんと工務店の社長から教えてもらっていた北アルプス森林組合に車を走らせた。

北アルプス森林組合

 「表に停まってるあの車ですか?」左胸に「北アルプス森林組合」と刺繍された作業着を着るシュッとした青年が、ペレットの袋が積まれた台車に手をかけ、手持ち無沙汰にしていた私に話しかける。つれあいはガラス戸の向こうの事務所で支払いを済ませ領収書が発行されるのを待っている。不意をつかれて「あ、そうなんだけど…」と戸惑う初老のオヤジを尻目に、青年は10kg入りの袋を、当たり前な顔でうちの車のカーゴルームにテキパキと積み替える。私があの勢いでやったら間違いなく腰に支障をきたすだろう。そういえばストーブ屋のアンちゃんが「北アルプス森林組合に車で直接買いに行くのが一番です。ええ、木崎湖からすぐのところにありまして、ここから20分もかかりません。森林組合が作っているものだからまずもって質がいい。それに直接だから小売店やインターネットサイトを通さないぶん途中のあれこれがのっからずとにかく安い。そして森林組合の人がみんな親切で、買ったペレットを全部あっという間に車に積んでくれます🤭」と教えてくれていたっけか。確かに、合計で10袋つまり100kgのペレットがあっという間に、青年によって台車から苦もなく車へと移された。ひと袋735円にして合計で7,350円、特別なことはその実なにひとつないけど滞りがなく痛快きわまりない「買い物体験」、このところ滅多に経験することがない。

ペレットストーブはいたって快適

 せっかくだからの帰りがけ、木崎湖畔をウォーキングし温泉施設「ゆ〜ぷる木崎湖」でひとっ風呂、地域の先達の方々とゆっくり憩う。大きな窓から外の光が射し込む温泉に明るいうちから入るのが私はなにより好きだ。先日に小泉今日子のポスターを貼った階段下にペレット収納スペースをこしらえていたのだが、買って帰った10袋がなんなく収まりほっと胸を撫で下ろす。なんとか15袋つまり150kgまで置くことができそうだ。ペレットストーブ自体の取り回しは、ペレットをタンクに入れて電源コードを繋いでスイッチを押すだけ。必要な分量だけペレットがタンクから燃焼スペースに落ちる仕組み、いたって簡単だった。とはいえ肝心のペレットの消費量がいかほどか、判然とするのはこれからだ。雪深い冬にペレットを北アルプス森林組合に買いに行くこともあるだろう。ようやくマイカーを待つことにしたのだもの、そんなときはついでに湖の方のスキー場に出向くことにしようと思う。

ささやかなる裏山の呼び声

 「幸福の黄色いハンカチ」に続き、高倉健と倍賞千恵子と山田洋次が組んだ「遥かなる山の呼び声」という映画がかつてあった(調べてみたら1980年公開)。実のところその作品に愛着があるわけでもなんでもないんだけれど、山に暮らすようになってふとそのタイトルが頭に浮かぶことが多々ある。しかし考えてみれば、私たちが暮らすところから北アルプスは「遥かなる」ことはなく、八方尾根にいたってはまさしく裏山といって差し支えない。だからといって「そこを端緒に3,000m級の山々を縦走」などという野望を持つことは今のところ皆目ないのだが、すぐそこに見上げる八方池山荘を越えて「八方池までトレッキングしよう」とは日頃に思う。目安としているのはシーズンに4回、だのに今年はまだ7月に登った2回きり、暑い盛りの8月を避けていたら9月になって雨ばかり、そしてやっとのこと晴天が続いた10月9日、色づいた裏山の呼び声にようやくにして誘われた。

 雲ひとつない晴天とはこのこと。この日はたまたま年に一度の「浚渫(しゅんせつ)作業」、景観を維持しクロサンショウウオなどの生態系を保護するために、池に堆積した土砂や泥をボランティアが人力ですくって取り除く日だった。上の写真で池の左方向に連なる列がバケツリレーのライン、陽光のもと額に汗して溌剌と働く姿がなんともすがすがしい。標高2,060m、360°見渡す限りのパノラマだ。南アルプスの方を眺めると山々の間に霞のような雲がようやくかかる。そしてその向こう、富士山がポツンとその特徴的な頭頂部をのぞかせていた。

 ここ数年に比べると、今年の夏はあっさり終わった。それに合わせてか、木々が色づくのも一週間から10日ほど早いように見受ける。山の上の紅葉はすっかり盛り。私たち夫婦は混雑を避けて3連休の前日を見計らって山に上がったが、それでも多くのインバウンドさんたち含めそこそこの人出だった。案の定、またとない晴天に恵まれた土日月は大変な混雑だったと聞く。その間も紅葉は日を追って標高を下げている。

カメムシの異常発生、驚くほどに

 秋をしみじみと感じさせてくれるのはなにも紅葉ばかりではない。一般的に英語でカメムシを身も蓋もなく「stink bug(嫌な臭いのする虫)」と呼ぶのだそうだが、彼らの跳梁跋扈もこれまた一方で秋の訪れを(眉根が寄りつつも)しみじみと感じさせてくれる。実際に俳句の世界では「放屁虫(へひりむし)」として秋の季語となっている。そのカメムシがこの秋、異常発生しているのである。ここ白馬に居を構えてから6年が過ぎ、秋を迎えるのもこれで7度目になるが、これほどのカメムシをこれまでに見たことがない。

 秋になると出てくるくせにカメムシは寒さが苦手で、太陽光を反射して暖をとりやすい明るい色(とりわけても白)に寄ってくるんだそうだ。実際に外壁が白いお宅の、太陽が直接あたる2階の屋根に近いところに、奴らがビッシリと群がっているのに気づき「ひいぃっ」とおののくことがある。またそうした習性からか、まだ本格的に使い始めていないから火の気はないけど温いことは温い母屋の薪ストーブの中をふと見ると、扉を開けた記憶はないのにどういうわけか何匹か奴らがウロチョロしていて心底から驚くこともある。おそらく外気吸入口もしくは煙突をつたって侵入してくるに違いない。仏教系の中学高校に通っていたもんで無益な殺生を極力避けたいのはやまやまだが、日に日に冷え込むのを前にしてそうとばかり言ってもいられない。カメムシよ、決して君らの「火葬場」に近づくでない。これまでより出力の大きい薪ストーブ、何度か火を焚きコツもつかんだことだし、放り込めるようになった大ぶりな薪の調達について薪屋さんともあらためて相談は済んでいる。本格稼働はもう目と鼻の先なのだ。

ご近所さんと焚き火を囲む

 離れ建設工事に際して石がまた大量に出たものだから、つれあいがそれらを集めて「焚き火台」スポットを庭にこしらえた。古代遺跡のようでなかなかにいい。秋のうちにと思い、ご近所さんを誘って久しぶりに庭で焚き火を囲んでみた。ビールがうまい。そしてひと月半もしないうちに雪が降り出し、ふた月かそこらでこの庭で積もりもするだろう。次の春になってそれが解けたら、このスポットを残したままボウズになった部分の緑化に勤しもう。兎にも角にもそれまでは秋を満喫しよう。ああ、もうすぐ隠居の身。粛々と冬支度を進めながら。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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