隠居たるもの、浮世の義理に目を配る。そればかりに囚われると身動きが取れなくなるのも確かだが、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」のである。だとしたら、自らが楽しいところを見計らって「義理」の種を蒔いておけばいい。さすれば、お声がかかる「義理」の大半は苦になるまい。常日頃に「匂い」を察知して、首を突っ込んでおくことが肝要だ。しかしだ、まさかつれあいが初代チャンピオンになる光景を拝むことになるとは思わなかったが…。

浮世の義理太郎の一日 麻布十番、新橋、深川6中

昨日は、「義理」が集中する一日であった。まずは麻布十番納涼祭り。同じマンションに住む友人が、「品物を納めているお店の前で、お酒を振る舞っているので来ませんか?」と誘うものだから、「もとからあった予定が新橋だし、少し顔を出してみよう」と寄ってみる。もんのすごい人。裏通りに位置するお店に到達するまで、まともに歩けずほとほと難儀した。おかげでもとの予定、中学高校の10年先輩方との飲み会に遅刻してしまった。先輩曰く、「港区にはお祭りらしいお祭りが他にないからな」とのこと。その真偽はともかく、縁あってご一緒させていただいた先輩方との飲み会は大変に楽しく、二次会にも誘われたのだが、残念にもお断り申し上げた。私には次の「義理」、深川6中体育館で催されているBOCCIA BARが控えていたからだ。

私、勝ち進んでるの

新橋から深川に向かう道すがら、最初からイベントに参加しているつれあいに様子を尋ねると、彼女は誇らしげにそう返信してきた。日本初の脊髄損傷者専門トレーニングジム J-Workoutさんが主催する「酒を飲みながら『健常者』も車椅子の方々もいっしょくたに、リオパラリンピックで注目されたボッチャに興じる」というイベントだ。集まった人たちが12チームくらいに振り分けられ、軽くつまんでビールを飲みながら楽しく対戦を繰り広げてきたという。今は休憩中で、もうそろそろ準決勝が始まるという。なんだか面白そうで悔しい…。

チェッカーズの栄光

準決勝・決勝ともに制し、つれあいが属するチェッカーズが「大人のボッチャナイト 第一回Boccia Bar大会」チャンピオンとなった。強力なチームメイトに牽引され、また彼女の星回りがそうさせるのか、準決勝のここぞというときに自身がまぐれで信じられないスーパーショットを決めたりして(当の本人がもっともビックリしていたのが微笑ましい)、最後の歓喜を我が物にしたのだ。チーム名の由来を聞くと、「アトランダムに配られたリストバンドの柄でチーム分けがなされた、それが赤いチェックだったから」なんだそうだ。とにもかくにも、勝利の美酒を傾けねばならないから、その場にいた近所の友人たちともう1軒…。麻布十番に始まり新橋へ、深川に戻ってから6中体育館を経て「おでん やすだ」に落ち着く。やれやれ、4次会までやった気分だ…。

隠居たるもの、正しく言葉を持ち合わせたい。

二段上で、あえて「健常者」と記したが、この単語が前から大嫌いだ。「健やかで常なる(普通の)者」という意味でしょ?「常なる者」?ここには「健やかならざる」差別意識が拭いがたくこもっていないだろうか。「今のところ差し障りが見あたらない者」という意の、別の呼称を考えるべきではないだろうか。昨晩の楽しさを噛み締めてよりそう思う。

一夜明け、つれあいが首筋にサロンパスを2枚貼っていた。「どうしたんだ?」と聞くと「昨日の死闘で…」とぬかす。嘘をつけ、朝方に寝床で「イテテテ」と声を漏らしてたじゃねえか。寝違えだろ?ああ、もうすぐ隠居の身。とかくにスーパースターは手がかかる。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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