隠居たるもの、タンスの肥やしに別れを惜しむ。2021年12月8日水曜日、昨晩から降り始めた雨が朝から冷たく降っている。私は庵に座って「なんぼや」が来るのを待っている。「はて『なんぼや』とは『なんぞや』?」と首を捻る方々も多かろう。かくいう私もつい先日まで知る由もなかった。行きつけのカイロプラクティックでコンドーくんにガチガチの背中を矯正してもらい、ついでに神茂のおでんだねを買い求めた11月26日、せっかく日本橋に出向くのだからと、「そのついでに」私はもうひとつの用事をこなしていた。八重洲にある「なんぼや」に腕時計とカフスを持ち込んでみたのである。

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「このタイミングで、断捨離したらいかがでしょう」

踏ん切りをつけて仕事を辞した昨年7月末から数えるともう1年と4ヶ月になる。いろいろ考え「これなら大丈夫」と判断してのことではあったが、思いも寄らないことが湧いてくるのが世の中というもので、その上に退職金を気前よく散種荘にはたいてしまったものだから、急転直下に「再就職」を迫られることもあり得る、そのような「危機管理意識」がどこかにあった。だから私はいわゆる「仕事道具」を処分せず、そのまま一切クローゼットにしまっておいた。しかし慌てるような不測の事態は幸いなこと起きなかったから、ことここに及んで「危機管理」のレベルを下げても良さそうだ。私は「タンスの肥やし」となっている「仕事道具」を処分する算段を始めた。偵察がてら日本橋近辺で「ついで」に立ち寄れるような店はなかろうか。インターネットで探してみる。「買取専門店」をうたう会社の店舗が各地にたくさんあることにまず驚く。いつの間にこんなに増えたんだろう。勤めいている時分に好んでいた「元祖札幌や」の味噌ラーメンを食べがてら、そこから近い「なんぼや 東京駅前店」をのぞいてみることにした。

「クリスマス前の今、査定が最も高くなります」

若い担当者がコンピューターで検索した上で、腕時計は2,000円、カフスは500円という査定を出した。そんなものだろう。タグホイヤーとはいえ時計は30年以上前の大して高価なものでなく何年もまともに使っていない。引き取ってもらった。一方のカフスは相応に高価なものだったし「それなら後輩にでもあげるよ」と持ち帰ることにして、担当してくれた若々しい男性社員と世間話をする。「実は去年の7月に『定年退職』してね、ネクタイとかビジネスバックとかもう必要ないんだ」「なのに物持ちがいいもんだから、いっぱいあってさ」計算ずくでカマをかける私に彼が乗ってくる。「そうなんですか?今の若い人は本物であれば中古品であることを厭いません。需要が高まるクリスマス前の今は一年で査定がいちばん高くなる時期です。このタイミングで、断捨離したらいかがでしょうか」そして「上司と二人で伺いますので、ぜひに出張買取をさせてください」とたたみかけてくる。こうして、今日12月8日に二人は我が庵にやってくることになったのである。

「生き物と生物(なまもの)以外ならなんでも引き取らせていただきます」

「それならついでに私のもよろしく」とつれあいもいくつか用意する。そして、どこにしまってあったんだという長い箱まで引っ張り出してくる。「これ、miu miuのブーツ。あなたが『羽振りがいい時』に買ってくれたんだけど、ごめんね、この歳でもう履かない」んだそうだ。私はプレゼントしたことをすっかり忘れていたし(物持ちがいいだけで、反面に「モノ」に対する執着心みたいなものは実はあまりないから)少しも立腹しなかった。しかしこれは、このところ再び黒革のブーツが流行していて姪が欲しがったというので、「なんぼや」来訪直前にしまい直されることになった。そんなこんなで、つれあいからはバックふたつ、ダウンジャケットひとつ、ハットふたつの合計5点。私が引っ掻き集めたのは、バック3点、靴4足、ハットひとつ、コート2着、ダウンジャケット1着、ネクタイ32本、カフス5セットだった。

「やっぱりわかりやすいブランドが…」

同行してきた上司といえども若かった。彼は冒頭に「生き物と生物(なまもの)以外ならなんでも引き取らせていただきます」とにこやかに自己紹介した。私のサイズに合わせられたスーツでも引き取るというから、春夏・秋冬それぞれ3着ずつ合計6着を加えることにした。私がリビングでくつろいでいる間、若者ふたりはクローゼットルームでせっせと査定を進める。結構な数ではあるが、職業上の熟練もあるところに自社の査定サイトにPCでアクセスすればいいわけだから、それほどにはかからない。40分ほどで終了した。

答え合わせのように査定のポイントを上司から聞く。若者が好むディオールやエルメス、グッチなどのわかりやすいブランドのものは高いのだそうだ。だから1本ずつあったディオールとエルメスのネクタイは高かった。なのにそれ以外の30本(この中にはエルメネジルド・ゼニヤ、アルマーニ、シャルべも含まれる)は「ひと山いくら」というくくりになる。古いものだし致し方ない面は理解した上で、あんまりな値しかつかなかったつれあいのハットやネクタイ4本、ローファー1足を「ひと山」の中から救い出して手元に残すことにした。売却価格の合計はぴったり60,000円となった。若い二人は大荷物を抱えて我が庵を後にした。

これこそまさしく断捨離

高いととるか安いととるかは人それぞれだろう。「メルカリでもっともっと高く売れる」というご意見もごもっともだ。しかし(売却を試みた)ネクタイ32本を一本一本メルカリにあげる労力と配送を含めたその後のやりとりを考えると、私の性分にはこちらの方が適している。もしかしたら「なんぼや」は私から買い取った「ひと山いくら」のネクタイを、ソコソコの値をつけてメルカリに一本一本あげているのかもしれない。それが買取業者が増えた背景なのかとも思う。仮にそうだとしても、1本しかない私の首にもう巻かれることもない(最終的に売却した)28本の古いネクタイが、彼らの給料を生み出してくれるならそれはそれでいいではないか、私はそう思う。それに私はほぼ「無職」なのだ。すでに参加しまたこれから参加するすべての忘年会の会費全額、およびすでに購入した白馬岩岳スノーフィールド シーズンリフト券の代金大半がまかなえたことは大変に喜ばしい。従前に比べればクローゼットも広々としたし…。ああ、もうすぐ隠居の身。これで私のクローゼットルームに残っているビジネス仕様は、革靴6足、バックふたつ、春夏・秋冬のスーツそれぞれに5着ずつ、コート2着、ネクタイ21本なのである。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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