隠居たるもの、三つ子の魂を忘れない。持って生まれたものもあるだろうし、育つ境遇と環境によるところも大きいのだろうが、やはり人にはそれぞれ「人格」というものがあって、またそれを決定的に形作る時期というものがどうやらあるようだ。あれが好きになったからそういう「人格」になったのか、そういう「人格」になりつつあるからそれが好きになったのか、それともその両方が組んず解(ほぐ)れつしてそうなったのか、人格形成期は後の「趣味嗜好」をほぼ決定づける。高校生だったあの頃、学校からの帰り道、私は年がら年じゅう御茶ノ水に寄り道していた。なぜならそこにdisk unionがあったからだ。そしてdisk unionは今もある。

disk union が拠り所

昨日、disk unionに行ってきた。写真左端に写っている、グリーンの迷彩ヤッケを着用したお兄さん、両手で次々とレコードを繰る動作が恐ろしく早い。ここに来るのは久しぶりだ。今やレコードプレイヤーを所有する身である、棚の構成等を確かめながらゆっくりと物色する。「ディスクユニオン(disk union)とは、音楽CD・レコードを販売する首都圏を中心としたレコードチェーンである。新品CD店と中古店の二つの顔を持ち合わせるチェーン店。コアな音楽ファンを対象とした品揃えが豊富」(Wikipediaより:https://ja.wikipedia.org/wiki/ディスクユニオン)驚くことにウィキペディアにまで取り上げられていた。当時に好んだpunkやニュー・ウェイブ、出始めたばかりの日本のインディーロックは「コアな音楽ファンを対象とした品揃え」のここに行かないとそろわなかった。もちろん高校生の財布は軽いから、何かを見つけたとしてもすぐさま購入できるわけはない。インターネットなんかない40年前のことだ、ここに通うのは情報を仕入れる意味もあった。ここで買ったものをカセットテープに吹き込んだ上で「下取り」に出し、なんとかお金を工面して新譜を手に入れたりもした。


先輩に連れていって頂いたLiveは、私の人格形成に多大な影響を与え、未だにPunkを聴いています(笑)

「このところ毎日1回は必ずTHE CLASHの『COMBAT ROCK』をCDで聴いていて、散種荘でもどうにもレコードで聴きたくなって、38年前に発表されたこのアルバムをあらためてレコードで買ってしまった」とFBに投稿したところ、当時いっしょにpunkを聴いていた、そして同じく38年前のたった一度のTHE CLASH来日公演をお互いに経験した同級生と後輩がコメントを寄せてくれた。上記はその中の後輩のコメントの一節である。本人が(笑)うだけに、私も当時のあれこれ(新宿ロフトでどうしてだか彼が突然に出演者に胸ぐらをつかまれてビンタされたことなど)を想起して(笑)ってしまった。

それでは、どうしてイギリスのオリジナルパンクバンド THE CLASHのアルバムをこのところ毎日1回は聴くようになったかというと、全米オープンで試合のたびにマスクを変え奮闘する大坂なおみを応援し感化されてのことだった。「COMBAT ROCK」は「Know Your Rights」という曲で幕を開ける。こんな歌だ。

Number 1
You have the right not to be killed
Murder is a CRIME!
Unless it was done by a Policeman or aristocrt

「第一に、諸君には殺されないでいる権利がある。殺人は犯罪だ!だが警察、あるいは上流階級の者による場合は、この限りではない。」まさしくブラック・ライヴズ・マターではないか。そして「第二に生計を立てる権利、第三に言論の自由、覚えておけ、踏みにじられているとはいえ以上が諸君の基本的な権利だ」かいつまんでいうとそう続く。18年前に50歳で亡くなった、心から敬愛するジョー・ストラマーは、38年前にがなるようにそう歌っていた。「自助」の旗印のもと格差と貧困が制度的に放置され、あげくの果てに「学問の自由」も危なっかしい今日、ジョーの歌があの時以上に響き渡る。

黒字に赤いdisk unionのレコード袋を目にすると切なくなる

先日、友だちが遊びに来てくれた。(参照「友あり ほんのちょっとだけ遠方より来たる」:https://inkyo-soon.com/with-a-friend/)その際、「散種荘で聴いて」とレコード3枚をプレゼントしてくれた。チョイスされた3枚は黒字に赤いロゴの袋に包まれていた。40年前から変わらない、あのdisk unionの袋だ。好むジャンルは違っても「人格形成」の拠り所は一緒だったというわけだ。そんなことやあんなことが続いたもので、無性にdisk unionをうろつきたくなった。だから昨日、12時開店に合わせてdisk unionに行ってきたのだ。おっかなびっくりのレコードを繰る動きは、徐々に昔取った杵柄を思い出し、しばらく立つと堂に入ったものになる。なんと楽しいことか。お目当ては見つからなかったものの、結局は「おお、こんなのがある」という中古盤を何枚も見つけ購入した。友だちにハーモニカを教えてもらうことになっているから、ハーモニカのジュニア・ウェルズとギターのバディ・ガイという名手2人が組んだブルースアルバム2枚、そしてレゲエのダブの名盤2枚、クラフトワークが45年も前に反核反原発を訴えた「Radio-Activity」の12インチシングル、まさに以前にここで買ってカセットテープに吹き込んだ上で「下取り」に出した町田町蔵(今の芥川賞作家 町田康)が凄まじいボーカルを1曲披露した日本のインディーズオムニバス盤…。今もpunkばかりを聴いているわけではないが、結局は「根」が一緒の音楽ばかりだ。2020年8月28日深夜のラジオ番組「オールナイトニッポンGOLD」で 、安倍晋三前首相の辞任会見に際して「テレビでちょうど見ていて泣いちゃった。切なくて。私の中ではプライベートでは同じ価値観を共有できる。同い年だし、ロマンの在り方が同じ。」と嬉しそうにしみじみされていた松任谷由実さんのレコードがここに含まれることは今までもなかったし、これからもまずないだろう。「同じ価値観を共有」していないからだ。

かつては「御茶ノ水」だった

ここいら辺に足を運ぶとき、今の私は「神保町あたりに行ってくる」と言う。あの頃の私だったら「御茶ノ水に行ってくる」と言ったことだろう。単純に使う駅の問題だ。東京メトロ半蔵門線も開通し、都営地下鉄新宿線も通る神保町駅が今に暮らす庵からは使いやすい。あの頃は、JR御茶ノ水駅か営団地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅だ。そんなことを思いついてdisk unionの周囲をあらためて見回してみると、ニコライ堂だったり聖橋だったり、まさしくここはお茶の水だ。なんとはなしに目にしていたはずのものが新鮮に思える。そう、私はこのあたりで「人格」を形成しつつあったのである。ああ、もうすぐ隠居の身。だからそうそう長い物には巻かれない。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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