隠居たるもの、親しむ土地に名残りを惜しむ。もちろん、その時々の年齢や嗜好によって移り変わるものではあるけれど、かつてのことも含めて「なぜこのゲレンデを好むのか」その理由はいつだって明快に回答することができる。雪国の人が「もはや災害」とまで口にするほどに雪が降らず、日々の隙を埋めるように山に入ることもままならなかったこの冬、今こうして滞在しているこのゲレンデをもって今シーズンを終える。さすがは富良野、セクシーでなかろうが硬かろうが雪はある。このところ最も好んだゲレンデは、実にこの富良野であった。

富良野と蔵王に通うもの

もうひとつ好みにしているゲレンデがある。それは蔵王だ。1月に訪れた際、残念なことに雪が足らず思う存分に滑降することができなかった。もちろん例年からしたらこんなはずはない。富良野と蔵王、どちらも海から遠く湿気が少ないものだから、軽くていい雪がいつまでも積もる。雪がいいことはこの上ない条件には違いないが、両者にはそこに加えてさらなる魅力がある。

地元の人たちがやってくるのだ。ガンガンな先達たちがいて、惚れ惚れとする若者たちがいる。先達たちはかしましく、若者たちはかえって物静かだ。少しは張り合ってみるものの清々しく諦める、そういう恐ろしく上手な地元の人たちがやってくるのだ。

(もちろん、スタイルを気取ることばかりにかまけて少しも上手ではない若いスノーボーダーもいることはいて、そんな者たちにかぎって相も変わらずにぎにぎしく、それが可愛くもあれば鬱陶しくもあり、なんかこちらが恥ずかしくなって、「それはそれで青春なのだから、目くじら立てず暖かく見守る度量を持とうじゃないか」などと一所懸命に自らに言い聞かせる、そうした場面もどこと変わることなくたまにはある。)

街から肩にスキーを担いで小学生たちが

富良野スキー場は市街地から近い。恐ろしく上手な若者たちは主に週末にしかやってこないから、平日にやってくる地元民は彼らではない。シーズンチケットを持つ街の小学生たちだ。肩にスキーを担いで放課後に歩いてやってくる。友だち同士で連れだってゲレンデに遊びにくる彼らは当然のことに上手い。どうやら小学生以下はシーズンチケットも発行手数料のみ支払えばいいようで、だから、シニアチケットのおじいちゃんやおばあちゃんも幼児をつれてやってくる。孫たちにスキーを教えるのは祖父母の仕事だ。そんなもんだから、家から持ってきたお弁当やコンビニで買ったものを自由に食べられるよう、休憩所は持ち込み可になっている。

蔵王ではシニアが元気だ。「んだなぁ」と古くからの友人どうしが談笑しながらターンを決める。さらにもうひとつ、白馬ではモーグルの上村愛子や複合の渡部暁斗を輩出した長野県立白馬高校の若者たちがトレーニングに勤しむ。インバウンドさんを歓迎しつつ、元からある紐帯を大切に維持している、そんなゲレンデが好ましいのだ。

だだっ広い食事会場に様々な言語が行き交う

2020年2月17日月曜日午前10時40分、新富良野プリンスホテルの部屋でこの省察を記している。窓の外は横殴りの雪。列島を縦断した低気圧が北海道に到達し、強風のためリフトが動いていない。午後にはなんとかなるという。今朝、だだっ広い食事会場には様々な言語が行き交っていた。到着した昨日は、ある地方新聞が主催するシニアツアーの方々の傍若無人な振舞いに辟易していたものだから(旅に出て気が大きくなってしまうのか、大きな声を張り上げる彼らの我が物顔ぶりに、2月初頭のその新聞社の選挙広告も物議をかもした、あの恥ずべき古都の市長選挙をつい思い起こしてしまうものだから)、落ち着いて発せられる意味するところもわからない様々な言葉が心地よい。フジロックについても、インバウンドさんが増えてマナーが守られなくなったという声を聞くことがある。現場に身を置いた私の知るところでは、フジロックで著しくマナーを守らないのは日本のパーティーピープルだ。

以前からこのホテルにはひとつ不満を持っている。倉本聰を崇め奉りすぎなのだ。富良野を一躍全国区にした立役者であるには違いなかろうが、こちとらあいにく信者ではない。手っ取り早く他者に頼りきったり、なんでも他者に面倒の原因を押しつけるのは、「思考を停止しています」と胸を張っているようで、なんとも気恥ずかしい。

「効率化」に蝕まれないために

スキー場の近くに売出し中の洒落た新築住宅が建ち並ぶ。海産物を炭火で焼くお気に入りの店がなくなっていた。色々な料金がじんわりと高くなっている。スキー場自体プリンスのものだし、富良野も少しずつニセコのようになろうとしているのかもしれない。古い温泉街である蔵王は早々に変わらないだろう。白馬には小さいけれど素敵なお店が新しくできていて(例えば、ご両親が経営していた民宿を、都会で修行した料理人の息子が引継ぎリノベーションしたカジュアルな割烹など)、下から作り上げられた街が好きな私にはますます居心地が良くなっている。山の家プロジェクトが目論見どおりにいけば、来シーズンからは白馬が中心になる。そろそろ潮時だったのかもしれない。

ひとしきり降った雪はもうやみそうだ。斜面にパウダースノーがのっている。ああ、もうすぐ隠居の身。そろそろ準備をしよう。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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