隠居たるもの、問わず語りに口ずさむ。ずいぶん昔に聴いた曲が、降って湧いたように頭の中を駆け巡ることがないだろうか。そんな時は大体、本人が気づいていないだけで概(おおむ)ね鼻歌を歌っていたりする。そういえば、「社会人になりたての頃、一生懸命やってたら脇に呼ばれて、『仕事中は鼻歌を歌わないように』と注意されたんだ。『え?仕事中に鼻歌を歌ってはいけないの?』と衝撃だったんだよね。あれは『社会』の洗礼だったな」と述懐するいささか呑気な友人がいる。よくよく注意しなければならない。幼少のみぎりに高島忠夫の「イントロドン」を見て育った私たちは、大抵の場合、イントロから始めている。

豊潤な歌謡曲の世界

新型コロナ禍、なかなかにカラオケに出向くこともない。そうでなくたって、かつてほどカラオケに行くこともつきあうこともなくなった。新しい曲を憶えて試してみることももうしない。そもそも、どちらかというと先鋭的なものを好む、中学以来「筋金入り」のロックリスナーである私のカラオケレパートリーは著しく狭い。小学生の時分に耳にした歌謡曲だけが拠り所だ。だがしかし、あらためて聴いてみると、いわゆるこの「昭和歌謡」(そもそも、平成の頃からJ-POPと呼ぶ慣しになったから、歌謡曲といえば「昭和歌謡」しかない)、どうにも侮れない。3分間の豊潤な人間ドラマに引き摺り込まれるのだ。

たとえば、ちあきなおみの「喝采」

「ねぶた祭が終わると、青森の人はストーブの準備を考える」(https://inkyo-soon.com/after-the-nebuta/)で、青森出身のオーナーが営むワインカフェが近くにあったことを紹介した。ほぼ友だちづきあいとなり、頻繁に立ち寄る店の居心地を少しでも良くしようと、相手が断れないことをいいことに、図々しくもBGMにする音楽ソフトを編集し提供していたりした(もちろん、自身の趣味をゴリ押ししないよう注意はしていたつもりだ)。その中に、歌謡曲ばかり全20曲を集めた68分のディスクがあった。同年代の常連客だけがカウンターに並ぶ、酔いも回った11時過ぎ、このディスクは凄まじいほどの破壊力を発揮した。(ご参考までに収録曲と曲順は末尾に掲載する)尾崎清彦「また逢う日まで」で華々しく始まって、しっとり落ち着かせる次の曲が、私たちが小学2年生の1972年にレコード大賞を受賞した ちあきなおみの「喝采」だ。こんな曲だった。

“いつものように幕が開き恋の歌を歌う私である。そんな私のもとに訃報が届いた。あれは3年前、私は歌手になろうと、駅で「行くな」と止める恋人を振り切って故郷を捨てた。その彼の訃報であった。ひなびた町のお葬式に駆けつけた私は、祈る言葉さえ失くし、こぼす涙すら忘れていた。話を交わせる人もおらず、暗い待合室で一人たたずむ。そこに静かに流れてきたのは私の歌だった。今日もいつものように幕が開く。今日も私は恋の歌を歌う。”

https://youtu.be/WsAYvdcwYjU

物語がまざまざと目に浮かぶ

それは3分間の物語であって、聴く人それぞれに映像を喚起させる。共鳴すべきエゴや主観をあえて提示せずに、共有する空気感を再現させる。作詞家、作曲家、歌い手、演奏者とそれぞれに分かれていて、今から思うとそれぞれに突出したプロフェッショナルだったからこそできたことかもしれない。リストの11曲目に配置した五木ひろし「ふるさと」だってまさしくそうだ。私はこの曲を聴くと「田舎から東京に出てきて働いている青年が、木造モルタル造のひとりで暮らす小さなアパートの2階、窓に張り出して外壁に取りつけられた緑色の金属でできた果物カゴのようなバルコニーもどきにジーパン姿の身を乗り出し、空を見上げながら故郷とそこで暮らす旧知の人を日曜日にしみじみ想う」という図が浮かぶ。五木ひろしの歌唱力が切なさを倍加する。しかし、切ないからといって光明がないわけではなく、若さに紐づく希望がどことなくまだあの曲にはある。それに引き換え、今の東京はどうだろうか…。

東京砂漠

東京都では昨日、58人の新型コロナウィルス感染者が新たに確認された。新規感染者が30人を超えて34人となった6月2日、あの時は意気揚々と「東京アラート」を発動したにも関わらず、このところ連日で50人を超え、1週間平均にすると1日につき51.9人となった6月29日、この期に及んだら基準をこれから考え直す(つまりルールを都合に合わせて変える)から問題はないんだそうだ。税金を納める都民としてまず聞きたい。すでに過去のものとなった「東京アラート」ってそもそもなに?東京都知事選挙が終わる来週、東京オリンピック延期が決定した直後と同じように手のひらが返るんじゃないの?あの時は「感染爆発重大局面」とか「ロックダウン」とか急に言い出したっけね。もう目眩しは通用しない。今、降って湧いたように私の頭の中を駆け巡り、ついつい口ずさんでしまうのは、前川清がうなる内山田洋とクールファイブ「東京砂漠」である。

あのワインカフェのオーナーと常連客たちで、連れだってカラオケに出かけたことを思い出す。その日のテーマは「ジュリー縛り」、男性は沢田研二の曲しか歌えないという趣向だった。歌謡曲だったら歌える。あのディスクがどこにいったかはもうわからないが、全20曲のプレイリストは我が庵のPCにいまだ収められている。ああ、もうすぐ隠居の身。うちで一杯やるかい?

参考資料:sanshu作 歌謡曲ベスト

1.また逢う日まで(尾崎紀世彦)2.喝采(ちあきなおみ)3.学園天国(フィンガー5)4.ブルー・ライト・ヨコハマ(いしだあゆみ)5.危険なふたり(沢田研二)6.どうにも とまらない(山本リンダ)7.さらば恋人(堺正章)8.五番街のマリーへ(ペドロ&カプリシャス)9.とん平のヘイ・ユウ・ブルース(左とん平)10.ひと夏の経験(山口百恵)11.ふるさと(五木ひろし)12.夜明けのスキャット(由紀さおり)13.傷だらけのローラ(西城秀樹)14.わたしの彼は左きき(麻丘めぐみ)15.港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)16.春一番(キャンディーズ)17.スローなブギにしてくれ(南佳孝)18.ウイスキーが、お好きでしょ(石川さゆり)19.ストリッパー(沢田研二)20.川の流れのように(美空ひばり)

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

歌謡曲だったら唄える件のコメント

  1. 昭和歌謡大好きです❤️
    一人カラオケやっちゃいますよ

    髙橋秀年

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