隠居たるもの、雪の塩梅を気にかける。大寒波が白馬を襲っている間は見計らったようになぜか東京で過ごしている。今日2022年1月13日も御多分に洩れず。贔屓にしている彼の地のパン屋さんがインスタグラムに「ホワイトアウト」などという物騒な言葉を並べ、テレビから流れるニュースに臨場感を加味しているその最中、私は庵の南の窓から注ぎ込む陽光を浴びていささか眠くなっている。管理事務所から「次の寒波が来る前に雪の処理を済ませておきました」と写真つきの報告メールが届いたのは昨日のことだった。しかし雪はまたすぐに脇の下くらいまで積もってしまうんだろう。

雪山で遊んだあとは温泉にかぎる

とはいえ、そんなにも雪が降る土地だからこそ選んだわけで、しばらく東京で所用を片づけたら、またいそいそと出向き、そして雪山の中で転がって遊ぶのである。くどいほどにご案内しているように、今シーズンは岩岳スノーフィールドのリフトシーズン券を購入しているのであるが、そのリフト券には特典として隣接する「岩岳の湯」入浴料無料というサービスが付随している。「滑ってひとっ風呂あびてシャトルバスで送ってもらう」私たちにとってはなんとも豪勢な「棚からぼた餅」だ。遊ばせてもらった上に、ただで温泉に入れてくれて、なおかつ家まで送迎つきなのである。だから必ずや試そうと画策していたわけだが、さっそくや1月6日木曜日、ひそかに実行に移した。

きれいに晴れて風ひとつない穏やかな朝、スノーボードの他に、着替えやら入浴後にあらためる履き物などを詰めたバックを抱え、いつものように午前9時過ぎのシャトルバスを待つ。スキー場について二人分のバックを一つのコインロッカーに預け、常と変わらずゴンドラに乗り込んで山上に上がり、昼食休憩をはさみながら「A rolling stone gathers no moss. 転がる石に苔はむさない」脚がヨレヨレになるまで転がる。初老にさしかかった身には4時間ほどが十分すぎる頃合いで、午後2時過ぎに山を下り、コインロッカーからバックを取り出し駐車場を横切る。その向こうに「岩岳の湯」はある。

「朝寝 朝酒 朝湯が大好きで」

民謡「会津磐梯山」において、小原庄助さんは「朝寝 朝酒 朝湯が大好き」だったがために「身上(しんしょう)潰した ハァ もっともだ もっともだ」と歌われている。しかし初老にさしかかってもう朝寝などはできない。嫌いではないから旅先で「どうだい?一杯やらないかい?」と誘われておつきあいすることもあるにはあるが、これまでに朝酒をしたいと思ったことなんか実は一度もない。だけれども、陽光を感じつつ明るいうちから大きな風呂につかる、これはどうにもやめられない。午後1時から開く岩岳の湯、番台のようなところでリフト券を見せると本当にただで通してくれた。一面に積もった雪を引き立て役に、窓から木漏れ日がたっぷり降りそそぐ。そこにもってきて姫川温泉特有のじんわり暖まるとろっとした泉質、一番風呂をねらったお二方が上がり、大浴場にはなんと私ひとり、この解放感がたまらない。ささやかな「棚からぼた餅」なんだし身上を潰すこともなかろう。

だからさ、口を閉じておけよ

私と同類と思しき方がひとりそこに加わる。そして2人が距離をとって静かに入浴しているところへ、20代の4人組がズカズカと入ってくる。彼らの会話の内容からすると「いいところ」に勤めている大学時代の友人同士という風情で、あそこでのターンがどうの、今度の仕事がどうの、思いつくままそんな四方山を話している。聞き耳を立ていなくても話の中身まですっかり聞き取れる。つまり声が大きい。君たちだけならいざ知らず、明らかに同一グループではない私などがすぐそこにいるのに、(4人のうち主に2人が)傍若無人というほどではないにしろ、口も塞がず大きな声を発するのである。少しの間でも口を閉じていることができないのだろうか。このオミクロンのご時世である。大袈裟にいえば生きた心地がしない。浴槽の最も遠いところで、ときおり振り向いて睨みつけながらも、いじましく背中を向けて入浴する私であった。しかしその背中で唐獅子牡丹が吠えているわけではないから、彼らの大きな声が止まることはなかった。

午後3時20分スキー場発のシャトルバスに乗り、4時前に散種荘に帰り着く。夕暮れを感じながらビールをあけた。寝るまでにはまだたっぷり時間がある。いい一日だ。それにしてもだ、確かに若者に多いのだが、どうしてこうも100%完全に無防備になっちゃうんだろうか。いい1日に水が差される。ゲレンデで、いっさい口も塞がないまま肩を組むように密着しはしゃぎ合っている6人から8人くらいのグループをよく見受ける。そうした人たちは、そのテンションを維持したまま、レストランに入る時もポケットからマスクを取り出したりはしない。マスクを外さず周到に避けて通りながら「そのうち大変なことになるな、こりゃ」と考えていたのだが、案の定、日本中が大変なことになっている。こうした人たちが押し寄せた白馬も、長野県の警戒基準ですでに「レベル5」となった。やれやれ、これからのシーズンどうなることやら…。ああ、もうすぐ隠居の身。だからさ、とりあえず口は閉じておけ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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