隠居たるもの、光あるうち光の中を歩む。今般の情勢に合わせて就業時間が30分ずつ後ろにずれた。「世界はそれを“焼け石に水”というんだぜ」とサンボマスターが歌ったかどうかはいざ知らず、いまだ隠居にたどり着いていない我が身、それを契機に勤め先まで自分の脚で通うことにした(そのあたりのことは、前回の省察「そこを歩いてゆくのだ。淋しい街から、」https://inkyo-soon.com/from-lonely-city/ でつまびらかにした通り)。

今日で3日目である。今までにも勤め先を辞してから歩いて帰ることは多々あって、特段に話題にするようなことでもないのだが、その反面に慌ただしい朝に歩いて出社することは数えるほどにしかなく、それこそ台風が鉄道各線に痛ましい爪痕を残したときなど、「特別な理由」があるときに限られた。じゃあ、新型コロナ対応に伴う就業時間の後ズレそれ自体は「特別な理由」にあたるのか?というとそんなことはサラサラなく、徒歩出勤するにあたっては「中途半端にずらされた時間を致し方なく潰すため」といういわば横着な発想を出発点にしていたことは否めない。とはいえ、慣れない時間帯に目にする親しんだ風景は、それぞれに新鮮さを宿しており、ささやかな感興をそのつど呼び起こしたりするものだから侮れない。

働くおじさん

小学生の時分、授業中に「働くおじさん」という番組をテレビで視聴させられた。そのおじさんたちが働き始めるのである。例えば、我が庵の前を流れる小名木川は護岸工事の最中で、みなさん朗らかに大きな声を出しながら作業にとりかかる。

例えば清洲橋である。橋梁のお色直しを終えて覆いは外されたが、鉄部とコンクリートの境のコーキングはこれから更新されるようで、私が通りかかるころに職人さんたちが持ち場に散らばる。これまた朗らかにだ。こちらは“おじさん”ばかりではない。若い女性も一人混じっている。そうか、帰宅する夕刻に通りかかったとしても、この人たちは仕事を終えていなくなっているのか。興味を惹かれるまま少し立ち止まって、彼らの手元を眺めてから橋を渡りきる。その時、鋭い眼光をメタルフレームのメガネで隠し、ちょっと薄くなった綺麗な白髪を無造作な長さでボサボサにした70代のおじさんとすれ違った。マスクをした彼は、米国民主党大統領候補バーニー・サンダースそっくりだった。

地下鉄の働くおじさん

こんな話が聴こえてきた。地下鉄の車中でのことである。アパレル関係かなぁ、と思しき男性の2人組。マスクをした先輩と後輩、もしくは上司と部下。若い方が口火を切る。

「でも、もし在宅勤務っていわれても困っちゃいますよ。俺の部屋、仕事する場所なんかないっすよ。」

がんばってお洒落な街に部屋を借りているんだけど、家賃もそんなに出せないから狭いワンルームで、家具はベッドと小さいテーブルだけ、洋服に埋もれて暮らしているのだろうか。

「そうかぁ。まあ、うちは女房と子供と住んでいる家だからな、仕事ができるスペースくらいはあるけどな。デスクトップパソコンもあるし。」

「ええっ!デスクトップパソコンを家に持ってんすか⁉︎」

「ああ(笑)…。iPad もあるし。」

「ええ!俺スマホだけっすよ!どっちにしろうちで仕事なんかできないっすよ!」

「学校が休みになった子供が家にいてウロチョロするから、実際は俺だって家で仕事はできないさ…。」

人形町から日本橋の路地裏、平日の朝の風景

できるだけ大通りを避けて脇道を歩く。水天宮から人形町となると古い街だけに脇道はますます細くなる。路地にひっそり佇む和菓子屋さんの朝方は風情がある。また、この時間のこれらの脇道で気づくこともあった。若いお父さんやお母さんと手を引かれる小さな子供たちをたくさん目にしたのだ。勤め先に出向く前に保育所に子供を預けに行くのだろう。暗雲たれこめるようなこんな時だって、そう、私たちは働いているのだ。

芭蕉翁はお見通し

歩いて勤め先に向かう道すがらに芭蕉記念館がある。私が暮らす街は、かつて松尾芭蕉が庵を構えた地である。「私たちに自粛を求めておいてどういうことだ!」って何人も怒られてるのに先生たちは一向に懲りることがない。この地が選挙区で保釈中の元IR担当副大臣も、持ち前のすごぶる厚いツラの皮を誇示するがごとく、25日に選挙資金パーティーをするそうだ。この人たちがパーティーをするのはどういうわけか憲政記念館。芭蕉翁はするっとまるっとお見通しだから、芭蕉記念館ではそんな邪(よこしま)なことはできない。でもさ、こんな時節だけでも少しは仕事をしたらどうだい?そう思う。

これはトルストイの短編小説のタイトル。ああ、もうすぐ隠居の身。光あるうち光の中を歩め。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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