隠居たるもの、足元軽く街に出る。2023年9月28日、最終回を目前にしたNHKの朝ドラ「らんまん」を観ていたら、主人公の幼友だちである佑一郎くんが登場してきて「隅田川も永代橋に続いて、いま工事しゆう清洲橋も強うて美しい橋になる」などとおっしゃる。佑一郎くんのモデルは、高知県佐川町出身で“日本近代土木の礎を築いた”廣井勇という人だそうだ。「震災復興の華」とも呼ばれた清洲橋が竣工したのは1928年3月のことであるから、今朝の場面の舞台は1927年あたりか。つい先日のこと、しつこい残暑を避けた日暮れの散歩道、景色が開けてみれば三日月をぽっかり頭上にいただく清洲橋、まことに優美な図柄である。確かに東京でここまで絵になる橋はない。新調したランニングシューズで足元を固め、秋めく風に吹かれながら、せっせと近場を歩いている。

足で稼いだ安彦水産の「中とろ切り落とし丼」

朝ドラを見終えて家事をこなしジムワークも済ませて午前11時、保冷バックを肩から下げて小松橋通りにある安彦水産に向かっている。我が庵から距離にして往復で2.5km、9月も終わるというのにこの日の東京の最高気温は33℃になろうかという。新調したランニングシューズとは on の Cloudswift 3、足元は軽やかだ。横十間川にさしかかると白鷺が飛び立った。それを横目に、踵から着地する、自然につま先に重心が移る、足が再度まっすぐに蹴り出される、そして一連の動きがスムーズに繰り返される。

当たり前のことだが、実はそれがなかなかうまくできない。つれあいが言うに、私なぞは「足を少し外側に投げ出すように歩く」そうだ。人それぞれクセがあり、それが繰り返されるうち気づかず歩き方が歪み、その蓄積がたたって身体に変調をきたす。それを「力づくで黙らせる」ことはこの歳になるともう無理だ。このシューズ、心なしか私の歩行フォームを矯正している。現に履き始めてからというもの、これまでと違う脚の部位に心地良い疲れを感じるようになった。うまく筋肉を使っていなかった証左である。ここまで進化していたとは。おそらく数年来さいなまれている腰痛にも効果があるだろう。1,100円で買って帰ったマグロでこしらえた「中とろ切り落とし丼」2人前、さすが安彦水産、格別の美味しさだった。まさに足で稼いだ贅沢である。

気分一新、新興勢力を試す

靴棚に目をやれば、例えばNIKEのインターナショナリストなぞは、気に入ったものだから色違いで2足そろっている。購入したのは9年も前となる2014年の春、ソールが双方ともにはがれかけている上、すり減っていてグリップも怪しい。ウォーキング用にと新型コロナ禍に突入したばかりの3年半前にセールで買い求めたadidasのランニングシューズも同様だ。より負荷がかかるがゆえ底はツルツル、私のクセで痛めつけられてとうにフォルムも歪んでいる。車を持たない私は、そもそも“歩く”。これ以上に放置しておくのはもはや危険ですらある。だから思い切ってスニーカーを買い替えることにしたのだが、となると初老にさしかかった我が身、いつまでもadidasやNIKEというのもつまらない、ここは気分一新、新興勢力を試すのはどうかと色めきたつ。候補となったのは、スイスのon、フランスで創業され現在はカリフォルニアに拠点を移したHOKA ONE ONE(ホカオネオネ)のふたつだった。

左 on のHP:https://www.on-running.com/ja-jp/、右 HOKA のHP:https://www.hoka.com/jp/

on の Cloudswift 3

初めて試すメーカーである。それぞれにサイズ感は違うし実物を見もせずいきなりインターネットでポチッとやってしまうのはあまりにも冒険だ。両メーカーを並べている店がないか探してみると、アルカキット錦糸町という商業施設に「スタンド オン by スポーツマリオ 」があった。所用のついでに立ち寄ってみる。「これかぁ」と手にしていると、左斜め上と思しき方角から「いらっしゃいませぇ〜」と声がかかる。どこから声を出しているのかわからない、わざわざ変な抑揚にして裏返したような声だったもんで少しおののき身構えてしまった(ある方面でカッコいいということになっているのか、この戯画化されたコントのような登場、このところの若い店員さんによく見受ける)のだが、履いてみないことには始まらない。

「ウォーキングや街ばきが中心で、気が向いたらちょっとは走る」という私の用途からすると、HOKAは底も厚くいささかゴツかった。続いてon、普段よりワンサイズ大きいものでピッタリ、若い店員からいくつかのモデルの特徴を教えてもらい、彼の的確なアドバイスに従って、ソールのクッション性も最適でシュッとしたシルエットのCloudswift 3を求めることにした。これぞ「買い物」である。帰宅しインターネットで探せば同じものをより安く手に入れることもできようが、彼の接客を受けなければこれほどに快い決断を下すことはできなかった。いけしゃあしゃあと卑劣なことはしたくないし、差額があるとして、それは彼の仕事に対する正当な対価である。(とはいえ、なんぞキャンペーンをしていたらしく、あれよあれよとずいぶん安くしてもらえたのだけど…)だから、「いらっしゃいませぇ〜」ととりあえず変な裏声を出すのはやめた方がいい。年長の者からのアドバイスである。

坪内博士記念演劇博物館

このシューズを履いて木場公園にウォーキングに行くと、今現在とても素晴らしい「デヴィッド・ホックニー展」が隣接する東京都現代美術館で開催されているからお洒落な人とよくすれ違う。これから迎える芸術の秋である。「そういえば朝ドラ『らんまん』で、ほら同じ長屋で暮らしていた堀井丈之助っておちゃらけキャラがさ、エピソードのいちいちからして『実は坪内逍遥がモデル?』ってずっと噂されていたんだ。それが最後の最後に、日本初の翻訳『シェークスピア全集』と早稲田に演劇博物館って、身も蓋もないほどに坪内逍遥じゃないか!」(あんなキャラじゃないとは思うけど、笑)

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、昨秋:https://www.waseda.jp/enpaku/

買いはしなかったけど、スニーカーを新調するにあたってHOKAを候補にしたのには理由があった。大学の1年上に金哲彦さんという人がいる。マラソントレーニングに関する著作・DVDは数知れず、テレビ番組も持つ日本マラソン界の重要人物だ。1年生の時に2度ほど顔を合わせ話したことがあって、当時すでに「瀬古二世」と言われていたからこちらは当然に記憶しているものの、先輩が憶えていることはまずない。その彼がHOKAを履いている。40年前に先輩とお会いしたのは2度とも、坪内博士記念演劇博物館の正面を大隈通り商店街の方に少し下った3号館でのことだった。HOKA、またの機会もあるだろう。

最初「ロゴデザインがちょっと…」とのたまっていたつれあいであるが、快調に歩く私を羨んだのか、結局は真似て白いonのスニーカーを新調した。ああ、もうすぐ隠居の身。そして今日も私たちは深川の街を闊歩する。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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