隠居たるもの、手間の分だけ舌鼓をうつ。諸々ようやくにしてカッコがついてきた散種荘である。あちこち歩き回って各施設との距離感も身体にたたきこまれつつある。そうして勝手がわかるとなると、何をどのタイミングで所望すればよいかも判断できるようになる。今回はいくらか長く滞在したので実質的な「消費期限」にもゆとりがあった。レンタカーを借りて相応に多量(ビール一箱とか)の買い物もしてみた。その上で「雪の季節」になる前にやっておかなければならないことがあった。七輪でおこした炭火でかますを焼くのだ。

石川県七尾漁港直送のかます

普段に暮らす江東区のスーパーで見かけるものより小ぶりなんだけれど、身がしまっていて明らかに鮮度が高い。太平洋より日本海に近いこのA-COOP白馬店(参照:「白馬の食卓@散種荘」(https://inkyo-soon.com/sanshuso-dining-table/ で紹介)で初めて目にして以来、「七輪のデビュー戦はこのかますで」と密かに心に決めていた。白馬は日に日に冷え込み、山の頂から順に雪が積もり始めている。この機会を逃すと春まで待つことになるやもしれぬ。大阪で住民投票が行われていた11月1日日曜日、薄曇りの昼のこと、釜浅商店で購入した黒光りする七輪(参照:「かっぱ橋道具街にお供する」https://inkyo-soon.com/kappabashi-tool-street/)を「待ってました」とウッドデッキに持ち出す。「土台にするレンガやブロックをどうしようか」と思ってもいたが、伐採抜根をするために掘り返された石ころが頭を悩ますほどに転がっているのだ。この土地から掘り返されたものであるからには、考えてみればこいつらだって私たちチームの一員である。その中から適当なのを見繕えばいい。そうして「七輪場」ができた。

慣らしに炭を焚き、かますに塩をふりかける

説明書きに目を通すと、「慣らし焚きをして下地を作れ」と記されている。かますはその間お預けとなり、昼食にもありつけないが致し方ない。薪ストーブ同様、直接に火を焚く道具には正しい手順というものがあるのだ。段取りにうるさいものほどひるがえって頼もしい。炭で火をおこし、その熱で七輪の内壁を焼いて下地を作り、かますに塩をふってその時を待つ。

かますに何故か一匹の蜂が寄って来ていささか難儀したが、ようやくにして必要な炭の分量を推し量り七輪に下地ができあがって熱量が確保される。いよいよかますを焼いてみる。しばらくするとわかりやすく美味しそうな香りが立ち上がる。やはり身がしまっているので焼き崩れない。これは間違いなく美味しい。焼き上がったかますはホクホクで、その上きれいに熱が行き渡っていて、背骨と頭を除いたすべてが香ばしくいただける。「これは美味い」の他に言語を発することなく、あっという間に昼食を終えた。次の機会は春になるかもしれないが、これはクセになる。

南部鉄器の浅鍋

釜浅商店で新調した調理具で、大活躍しているものがもうひとつある。南部鉄器の浅鍋だ。「かっぱ橋道具街にお供する」において「我が家は鉄の調理道具に凝っている。鉄の小鍋で作った朝の味噌汁は五臓六腑に染み渡る。鉄のフライパンで焼いた肉は絶妙に中まで火が通る。そして、滲み出る鉄分が私たちの身体を強くする。」とすでに省察している通り、「焼く」という調理法を好む私にとって鉄の調理具は必需品なのだ。白馬の豚肉はとても口に合う。脂肪で大きくしていないというか、「水増し」されていないというか、とにかく「つまっている」のだ。牛肉でもそうなのだけれども、歳とともに「脂身」がキツくなり、霜降り肉とかカルビという類を若いころほど美味しいとは思わない。安上がりな体質に「強化」されたわけだ。そんな白馬の豚肉の滋味を南部浅鍋が引き出す。まずは地産のもので新鮮であることがそもそもの要因ではあるのだろうが、この浅鍋の力だって侮ってはいけない。やはり地産の鶏肉のソテーだってひとしきり唸ってしまった。

白馬の酵母パン

11月2日は一日を通して雨が降った。明けた11月3日、朝には少しかかっていた雲もきれいに晴れ渡る。近くにもうひとつイオン系のザ・ビック白馬店というスーパーがある。つれあいが夕食の食材が少し足りないというから、散歩がてら3km弱離れたそちらに行ってみた。山の下が一日通して雨だったならば、山の上は一日通して雪だったに違いない。見上げてみると、山頂は案の定すっぽり白く覆われている。なんとも清々しい心持ちになって視線を路上に戻すと、そこに何やら美味しそうな雰囲気を醸し出すパン屋さんが建っている。「白馬の酵母パン koubo-nikki」(https://koubonikki.wixsite.com/koubo-nikki)というお店だった。とても人気があるようで、休日のもうお昼だったから、ほとんどが売れてしまっていた。残っているものを少しとトマトとイチジクのジャムを買ってみた。手にしただけで、そのしっとり感と弾力だけで美味しいのがわかる。口にしてみると本当に美味しかった。その他にも、浅見さんが育てて出荷されるその朝に採った卵だって、山崎さんがやはりその朝に原木から摘んだくり茸だって、ここに身を置かないと味わえない。地産地消ってやつだ。まあ、キリがなくなるのでそれはまたの機会にするが、だから私はこう思う。ああ、もうすぐ隠居の身。「ふるさと納税」ってのはくだらねえな。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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