隠居たるもの、雨の朝には雨の香りを嗅ぐ。散種荘で目を覚ますと、しとしと雨が降っている。薪ストーブを焚いて暖めた室温は外に漏れてはおらず、キッチンに置いてある温度計は17℃を表示していた。柔らかく冷えた外気を感じにリビングの掃き出し窓からウッドデッキに出る。雨の匂いがした。今日は一日ここにいて細々とした作業に勤しむ予定にしているから、部屋の中から静かに落ちる雨粒を眺めればいい。白馬はすでに晩秋で、これから急ぎ足で冬になる。

夜になってぽっかり満月が浮かんだ10月31日は雲ひとつない秋晴れだった。

週間予報によると今回の滞在で最も天気が良さそうだった10月31日の土曜日、私たちはこのあたりの近場で買い物をすることにしていた。スーパーのA-COOPで食料、ホームセンターのコメリで土地ならではの日用品、ここで続けざまに過ごして知ることになった必需品を調達するのが目的だった。例えば雪かきスコップなどは、こちらのホームセンターでないと品数はそろわない。だけどもなにぶん田舎だから、両店を回るにしたって相応の距離がある。購入を予定していたものの嵩(かさ)だって両手で抱えられる程度では済まない。調べてみると、散歩がてらといった距離にニコニコレンタカーを併営するガソリンスタンドがあった。さっそく会員になり、6時間2340円で自動車を借りることにした。昼少し前に散種荘を出発する。本当に心持ちの良い秋晴れだった。

紅葉が降りそそぐ

最終的にここに「山の家」を建てることに決めたのは、2年をさかのぼる2018年のやはり10月末のこと。視察に来訪し、紅葉に彩られたあたりの情景にすっかり心を奪われた。季節は巡って同じく白馬の晩秋、レンタカーを借りに行くため緩やかに下る道すがら、それはあの時を想起する「紅葉狩り」の散歩道となった。この際「言葉」は邪魔っけだから、そぞろ歩きながら撮った写真をただ並べてみる。

新たな朝の習慣

2階の二段ベッドの下段で目を覚まし、しばらくゴソゴソしてから寝床を出る。東京と違って、朝早くから消防車や救急車のけたたましいサイレンで起こされることはない。吹き抜けの窓を横目に1階のリビングに下りる。カーテンを開けると紅葉した樹木がすぐに目に入る。鳥が飛び交っていることもある。もろもろと朝の支度を始めるのだが、そのためにもBGMが欲しい。ここにテレビは置いてない。静かで穏やかな朝だ。試しにバッハのブランデンブルク協奏曲をネットワークオーディオプレイヤーでかけてみた。これ以外にはあり得ないほどにはまる。なるほど、こういう環境で聴くべきだったのか。考えてみれば、田園に囲まれた在所で演奏され視聴されるために作られた曲だ。窓の外に広がるビル群を眺めながら聴くべき音楽ではないのだ。ベートーベンの弦楽四重奏もいい。散種荘では朝食が終わるまでストリングスを鳴らすことが慣例となった。

タクシーの運転手さんは必ず山頂の雪のつもり具合について嬉しそうに話す。

夕方にレンタカーを返却した後、その足で「みみずくの湯」に向かった。「今日もいい湯」とさっぱり温泉からあがるころにはとっぷりと日が暮れている。出口のあたりでひとかたまりの方々がスマホを空に向けていた。「ブルームーンというんだって」と声が聞こえてくる。綺麗な満月だった。その日はそのまま外食をし、帰りはタクシーを呼んでもらう。「こんな晴れた日は、満月が山の上の雪を青く照らすんだ。それを撮ろうとアマチュアカメラマンがウロウロしてるよ」と運転手さんは嬉しそうに話す。白馬のほとんどのタクシードライバーは、多いときも少ないときも必ずひとくさり山頂の雪について語る。いつも本当に嬉しそうに話すから聞いてみた。「ずっと白馬で暮らしていても見飽きるということはないんですか?」ああ、もうすぐ隠居の身。「それがね、見飽きるってことがないんだよ。」

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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