隠居たるもの、奥の深さに思いが至る。山の中に小さな隠居小屋を持とうと画策している今日この頃なわけだが、その妄想の中に、「そこでかかる音楽は、CDではなくレコードであるべきだ」という項目があった。妄想を抱くと居ても立っても居られない性格であるから、あれやこれやと「勉強」を始めてしまう。その結果、「Technicsのダイレクトドライブターンテーブルシステムが良かろう」との結論にたどり着く。そうなったらそうなったで、山の中の小さな隠居小屋の出来上がりまで待っていられなくなり、フライングして現在の我が庵に迎え入れてしまったのだ。
まずはコードと格闘する
Technicsのダイレクトドライブターンテーブルシステムは水曜日に届いていたのだが、これに合わせてAV機器の配置換えも計画していたから、実際にセッティングするのは昨日の土曜日となった。付属のちゃちいコードなんかでつなげるものか、納戸からちょっと「高級」なAVコードを引っ張り出す。つれあいの手も借りて、3時間ほどの悪戦苦闘。そして、25年ぶりくらいになろうか、レコードプレイヤーは私の目の前に鎮座したのである。鈍く輝くシルバーがあまりにも素敵でうっとりする。パティ・スミスの「trampin’」をかけてみた。ジャケットを庵の装飾とするため所有していた、たった3枚のレコードの中の1枚だ。いい…。
友人が、レコードを抱えて駆けつける
近所に、とかく趣味が合う友人カップルが暮らしていて、そこのうちにはレコードがたくさんある。こちらがこの日に設置することを見越して、レコードを抱えたふたりが連れ立って夕刻にやって来た。まずはダニー・ハサウェイの「DONNY HATHAWAY」をかけろと言う。そりゃあそうだろう、いい…。次はクラプトンのライブ盤、「Ec Was Here」。クラプトン、弾きまくる、いい…。続いてロッド・スチュワートの「Gasoline Alley」。この頃のロッドは最強だ、いい…。そいでもってB.B.Kingの「Lucille」。悶絶、“いい”どころの騒ぎじゃなかろう。最後にアベレージ・ホワイト・バンドの「Average White Band」。ああ、身体が動く…。当然のことながら、たっぷり飲んでしまった。
私たちは騙されていたのか?
CDが出始めたのは1980年代の前半、「レコードより音が良くなって劣化もしない」という触れ込みだった。あれよあれよとレコードは駆逐され、音楽はCDで聴くものとなった。だからレコードもプレイヤーも手放した。そのCDだって配信の前にもはや風前の灯火だ。
友人は、B.B.Kingの「Lucille」を置いていってくれた。聴き比べることとなったこの1日で思う。レコードの音が断然に一番いい。立体的で奥行きがあり、人間が演奏している温度も伝わる。ライブ盤なんかステージの大きさすら想像してしまう。そう、残念なことだが、利益と効率を追い求める者たちに、私たちはまんまと騙されていたようだ。気をつけないといけない。そうした目論見を持つ者はいつだっている、今だって…。
ああ、もうすぐ隠居の身。とにもかくにも、レコードの音は森の木々に染み渡るだろう。