隠居たるもの、とどのつまりは笑い飛ばす。2026年6月29日、私たち夫婦は梅雨の合間をぬって標高2,060mまで、つまりは八方池に登ろうとしていた。公式行事としての山開きはひと月ほど前にすでに済んでいるが、本格的な登山をするわけでもなくあくまでトレッキングの域でうろつく私たちは、雪の残り具合などを勘案し適当なタイミングを探っていた。そして白馬に大きな影響はなかったとはいえ台風も過ぎ去りうっすら晴れたこの日を「マイ山開き」とすることにしたのだった。このグリーンシーズンお初、否が応でも気分は高揚する。ところが、ゴンドラアダムの停車場で、標高1,830mの八方池山荘まで上がる八方アルペンラインの乗車券を買い求めようと窓口に並んだつれあいがとんでもないことに思い当たる。登山用ストックをすっかり忘れていたのだ。「用意していたのに持って出るのをうっかり忘れた」のではない。それが必要なことも、それを持っていることも、そしてそれを持参しなければならないことも、きれいさっぱり二人して頭に浮かべもしなかったのだ。掛け値なしの “老いるショック”である。

“老いるショック”の言い訳
山を登って下りる際、急なガレ場で3本目の足となって不安定な姿勢を支えてくれる登山用ストック(つまりは杖)、初老の身にとって必需品だ。足腰に蓄積される疲労を幾分なりとも散らしてくれる心強い相棒でもある。なのに、命綱ともいえるその大切なストックを、きれいさっぱり失念していたのだ。このところみうらじゅん編「老いるショック大賞」を日々に読んでは涙を流して笑っていたにもかかわらず(例えば、診察券を忘れていることに病院で気づき受付で伝えようとしたところ動揺していたのか「招待券を忘れてしまいました」とつい口にしていた、という失敗談など)、我がこの度の “老いるショック” に関しては「頭に浮かべもしなかった」という点にいつまでもわだかまり意気消沈、そうそう軽やかに笑い飛ばす心持ちになれなかったのである。

とはいえいつまで気に病んでいても仕方がない。うさぎ平のリフト乗り場でストックを有料で貸し出していることを思い出し、それを借りるのも忌々しいが(一本につき500円、だから二本で1,000円)ここはひとつ気を取り直して、歯軋りしつつゴンドラに乗る。みるみる高度を上げる箱の中で「頭に浮かべもしなかった」のはなぜか、二人してあれこれ言い訳を捻り出す。まず離れの建て増し工事でなにかとワサワサしているところにもってきて散種荘は荷物でごった返しストックが奥深くに隠れていたから、次にW杯開催中でとりわけても前日に観戦したグループリーグ最終試合であるアルジェリア対オーストリアが私も記憶する44年前は1982年スペイン大会における両国の因縁に根ざしてとんでもなく凄まじい熱戦となり心を奪われたから、とりもなおさず八方尾根が私たちにとって正真正銘「裏山」となってしまったがゆえ日常の惰性の域を出ず緊張感が湧くことがなかったから、そこにもってきて9年ぶりのマイカーにこのところ多少なりとも浮かれ気味だったから、などなど…。兎にも角にも、ことここに及んでは、登り始めてガレ場でようやくハッとする、なんてことにならなかったことで良しとするしかあるまい。

黄色いヤッケと青いスパッツと黒い日傘の彼女
観光ガイドに「八方池までなら軽装でも大丈夫!」といった記述をよく見かけるが、どうしてどうして、そこまで言うほどに簡単でも楽でもなく、実際にガレ場で悪戦苦闘する方々が後を絶たない。やっとのこと第三ケルンまで登ってきたのに、そこから上に伸びるそこそこ急なガレ場を見上げて気力が挫け、「もう無理」と断念しかけている風情をこの日も何度も見かけた。しかしここを乗り越えさえすればお目当ての八方池が見えてくるのだからもったいない。何を隠そうこの八方池にかけて私たちはベテランである。断念しようかと逡巡する方々を見過ごすわけにもいかず、「登りはあそこまでだから」とか「あとひと息ですよ」とか声をかけていた。その中に、黄色いヤッケを羽織り青いスパッツをぴったりと身につけ日傘を手にした、台湾からやって来たと思しき一人で登る女性がいた。

冬の白馬がインバウンドさんに占拠されることにもういちいち驚きはしない。しかしその勢いがグリーンシーズン、つまりは夏にそのまま滲み出すことはなかった。そこからするとずいぶんとインバウンドさんが多い印象だ。とりわけても台湾からのお客さんが目立つように見受けた。黄色いヤッケの女性もそのうちの一人だろう。そもそも麓からゴンドラに乗るタイミングがいっしょだった彼女はとにかく元気、何度もすれ違う中で二度スマホを渡され「エクスキューズ・ミー、シャッターのボタンを押して私を撮って」と英語で頼まれた。そればかりか絶景ポイントに達するたび誰かに頼んでいる姿も目にした。その都度、両手を広げて片足を跳ね上げたり、コケティッシュに座ってみたり、惜しげもなくすごいポーズをとる。SNSで発信するのか溌剌とした彼女の様子を目にするうちなんだかこちらも愉快になってくる。そしてマイペースを保つつれあいを立ち止まって待っていた下山中、すれ違いざまに「また会ったわね、あなたのおかげで本当に助かったわ」と流暢な英語でお礼を言われたのが最後、尻ポケットに日傘をひっかけた彼女は意気揚々とリフト乗り場に消えていった。

相変わらずの絶景 八方池、そしておびなたの湯
第三ケルンで励ました家族づれ3人が八方池のベンチ周辺で休憩している。雲ひとつない晴天というわけにはいかなかったが、相変わらず八方池は絶景だ。このあたりの達成感でお釣りがくるから、私たち夫婦はこれより先に登ろうと欲張ることはしない。この日もこれで充分だ。

今回の八方池トレッキングには、ストックを忘れた他にもうひとつ、明確にこれまでと異なった点がある。八方尾根第三駐車場まで散種荘からマイカーで下りて来たのである。となれば下山後にもうひとアクション付け加えることも容易。せっかくだからと白馬大雪渓へ向かう途中にある、八方の中で源泉にもっとも近い温泉施設、おびなたの湯に出向いてみることにした。里から離れた山の中にあるがゆえ、知っていながらここまで足を延ばしたことがなかったのだ。露天風呂のみで雪深い冬季は閉鎖されているこの風呂、天然水素泉としてアンチエイジングに効能があるという。とはいえ目指しているのは「ご隠居」だから、実のところ今はアンチエイジングにそれほど興味がないのだけれど。


たんぽぽの綿毛がハラハラと舞い落ち、蝶々がヒラヒラと翔ぶ。野趣あふれる気持ちのいい風呂だ。こことは反対に、スキー客が押し寄せる冬季にのみ営業する郷の湯という温泉施設が八方の街中にある。私たち夫婦はこの郷の湯が好きで、冬の間はせっせと通う。3月末ともなれば「また次の冬に会いましょう」なんて挨拶を交わしあうほどに受付のおじさんともなじみになった。3ヶ月ほど前にもそうやって7ヶ月に及ぼうかという別れを惜しんだのであった。それがどうだ、なんとそのおじさんが、おびなたの湯の受付にいるではないか。風呂上がりで山の風に涼みながら世間話、おじさんは「季節が変わると転勤させられるんだよ」とニヤリ、流れ者よろしく使い慣れたジョークをかましたのであった。

ひと月を経て離れにかかる足場が解体される
帰宅してみると、解体した足場を積み込んだトラックがちょうど散種荘の駐車場を出るところだった。およそひと月前の早朝にも足場を組み上げに来たあのアンちゃんが運転席の窓越しに会釈をしている。私たちがこの日を「マイ山開き」にしたのは、離れ建て増し工事のためひと月にわたりかかっていた足場がいよいよ解体されると伝え聞いていたからでもある。家にいるとなにかと邪魔だろうから遊びに出たというわけだ。「いよいよここまできたね」などと語らいながら、JR長野駅の駅ビルに入る、地元信州の酒をずらりと並べた信州くらうどで手に入れた、「とおのね」という綺麗な限定の日本酒を飲んでみる。甘味と酸味が心地いい。先日ほんの数日だけ東京に戻った際、新幹線利用客ならば長野駅駐車場を優待利用できるという「パークライド」方式を試してみて、そのついでに買い求めた酒である。#山の家プロジェクト最終章も「あとひと息」だ。マイカー導入で暮らしのバリエーションも劇的に広がった。掛け値なしの “老いるショック”もどこへやら。ああ、もうすぐ隠居の身。とどのつまり笑えれば御の字なのである。