隠居たるもの、ふとしたことで思考が巡る。あまりそういうことに拘泥するタチではないのだけれど、「本当はしたいのに、ここしばらく『我慢していること』って実のところなんだろう」という考えが頭に浮かんだ。2021年5月10日月曜日の午前中、なんだかつけちゃったTVに「県庁おもてなし課」という2013年公開の映画が流れていたからだ。チャンネルはWOWOW。すでに引退した堀北真希が子鹿のように愛らしくて、洗濯物をたたみながらついつい見入ってしまう。手つかずの自然を観光資源にしようと高知県庁で働く若者が奮闘する物語なのだが、そう、海も山も川も、高知の自然は野面で素晴らしい。私たちが彼の地を旅したのは2016年5月のことだった。

四万十川(2016年5月撮影)

新緑の5月にいつも旅に出ていた

私たち夫婦は5月に旅に出ることが多かった。幸いなこと「ゴールデンウィークでなければ休めない」という仕事ではなかったし、それが終わって人出が落ち着いてから出発する。私は旅行のプランを立てるのが上手い。暑くもなければ寒くもない、目にも鮮やかな新緑の季節は行楽にはうってつけだ。あちこち楽しく勝手気ままに旅したものである。昨年来、それができない。とはいえ、ありがたいことに白馬 散種荘が完成したのは昨年9月のこと、頻繁に行き来し2拠点生活が送れているから飢餓感はない。しかし、映画に散りばめられた高知の自然が旅情に火を灯す。「こんな旅はどうだろう」早速プランが浮かんだ。

JR東日本の「大人の休日倶楽部」のミドル会員だ。ここでいう「ミドル」とは、「男性65歳以上という正会員資格には達していないが、まあ中年でもあるし、サービスは低くした上で『準会員』として登録することを認める」という意味での「ミドル」である。しかし「大人の休日倶楽部パス」(新幹線を含むJR東日本の列車が連続する4日間乗り放題)に限っては、ミドル会員と正会員に区別なく同じ15,270円。これを使って東京から青森に帰った友人に会いに行こう。岩手に入ってからは三陸鉄道リアス線に乗り換えて太平洋岸を北上したっていい。そして青森からは五能線を使って南下する。そのまま秋田と山形と日本海に沿って、新潟の糸魚川までやってくる。そこから少しだけ大糸線に乗って白馬に向かう。つまり、4日かけて東北の海岸線をぐるりと回って東京から白馬にたどり着こうという寸法なのだ。こりゃあ楽しいに決まってる。「ずっと我慢しているけれど、できるようになったらと心待ちにしているいくつかのこと」のひとつ、そりゃあやっぱり旅だろう。

りんごを収穫する方々・2013年10月弘前で撮影

その旅をいつも一緒に飲んでたあいつらとできたら愉快だろうに

青森に帰った彼女が経営するワインカフェに集っていた友人たちがいる。拠点がなくなってしまった上に、飲み会を催すこともできなくなり、すっかりご無沙汰している。この旅をそのメンバーでできたらさぞや愉快だろうなどとも思う。そう、彼らだけではない。この1年3ヶ月、友人たちと満足に酒を酌み交わしていない。親族とだって同様だ。大人数が集まるパーティーのようなものが懐かしいわけではない。実のところ5人以上10人未満くらいの宴が、みなで話すこともできるし最も楽しかろう。オンラインは、実務的なやり取りや顔を確かめて少しほっとするには充分であっても、いかんせん他愛もない話で濃密に盛り上がるまでには至らない。やはりフィジカルな接点がないと空気感は醸成されないのだ。「白馬の散種荘に遊びに行きたい、そこでレコードを聴きながらゆっくり食事を共にしたい」という友人たちの計画もその度に頓挫した。何も気にすることなく、友人たちと酒を飲みながら馬鹿話がしたい。「ずっと我慢しているけれど、できるようになったらと心待ちにしているいくつかのこと」まずもって真っ先にくるのはこれだろう。

ロバータ・フラック「愛の絆」

昨日のこと、所用があって江東区役所に出向いた。役所の玄関口には「オリンピックまであと73日」などと、オリンピックに懐疑的な多くの声を顧みない電光掲示板が相も変わらずはしゃいでいるかのように据えつけられていて、「はぁ、つける薬がありませんなあ…」とゲンナリする。同日、いつも「どこか他人事」のような顔した丸川珠代五輪大臣が、「オリンピックで『絆を取り戻す』」という大本営の新スローガンを発表し、東京の曇天をさらに暗くした。それがどこかにひっかかっていたんだろうか、近所のアカルレコーズに吸い寄せられた今日、ロバータ・フラックの「愛の絆」を買い求めてしまった。「どんなにミュージック・シーンが変わっても、私は愛を歌いつづける」のである。生活に不安を抱くこともなく、気兼ねなく親族・友人・知己と会うことができればそれだけでどんなに嬉しいことか。そもそも分断されたものは「日常」であって「絆」ではない。私の「ずっと我慢しているけれど、できるようになったらと心待ちにしているいくつかのこと」…。ああ、もうすぐ隠居の身。そこには「家に閉じこもって東京オリンピックのテレビ中継を見ること」は含まれていない。

参照:「県庁おもてなし課」https://eiga.com/movie/77452/ 「大人の休日倶楽部」https://www.jreast.co.jp/otona/

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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