隠居たるもの、時には朝から熱気を帯びる。日本と違って、ヨーロッパのサッカーシーズンは秋に始まって初夏に終わる。3月、佳境を迎えた彼の地のサッカー界を、世界を覆った新型コロナ禍が直撃した。当然のこと各国のリーグ戦は中断となったり打ち切りとなる。同時に、各国の強豪チームが集って、やはり9月から6月初旬にかけて競われるヨーロッパチャンピオンズリーグも、ベスト16が出そろうかというタイミングで中断とあいなった。勝ち残ったクラブチームが数国にわたることもあり、「これはどうにもなるまい」と忘れかけていた6月17日、欧州サッカー連盟から「無観客で8月7日に再開」し「準々決勝以後はホーム&アウェーの形式を取らず、ポルトガルのリスボンにて集中開催」することが発表された。なんと柔軟な対処だろうか。現地時間 8月23日午後8時は日本時間で24日午前4時、今朝は決勝戦だったのである。

「サッカーを愛するみなさん、こんばんわ」

1977年、つまり43年前のこと、中学に入学してすぐにサッカー部に入部した。そのまま高校もサッカー部だったから、つまり私はフットボーラーなのである。しかしだ、当時のサッカーを取り巻く環境といったら、今日と比較するのも馬鹿馬鹿しい。それはそれは「ほど遠い」ものだった。1968年メキシコオリンピック銅メダルの威光も陰り、ワールドカップなんて別世界で行われているいわば「違う種目」(気がつかないうちにいつも予選敗退)、プロ化したJリーグがようやく開幕するのは16年後の1993年で、少年チームが全国津々浦々にあるわけではなく、ほとんどの者が中学の部活でおっかなびっくり初めて正しいボールの蹴り方を教わる、そんなもんだった。だから、サッカー部のOB会なぞでずっと若い後輩とサッカーをすると本当に驚く。その体力にではない(重量を増して体格にすぐれる私たちがかえって若い子たちを手こずらせることも多い)、その柔らかい技量にだ。当時のテレビにはサッカー放送の枠すらなかった。唯一東京12チャンネル(現在のテレビ東京)「三菱ダイヤモンドサッカー」を除いては。海外のプロリーグ(イングランドリーグが多かったと記憶する)やワールドカップ(驚くことに当時は中継がなかった)のゲームの前半か後半だけを紹介する45分の番組の冒頭、実況する金子勝彦アナウンサーの挨拶は必ずやこうだった。「サッカーを愛するみなさん、こんばんわ」

これは大河ドラマなのである

「三菱ダイヤモンドサッカー」解説者 岡野俊一郎氏に薫陶を受けた私が、今も熱中して観るのは欧州サッカーとワールドカップだ。衛星放送が始まって、1990年イタリア大会からワールドカップが日本でもようやく全試合中継されるようになって以来、94年アメリカ大会、98年フランス大会、02年日韓共催大会、06年ドイツ大会、10年南アフリカ大会、14年ブラジル大会、18年ロシア大会、すべての大会の全試合をテレビで観ている(02年はスタジアムで3試合観たが)。98年フランス大会からはつれあいも熱意は違えどつきあわされて全試合を観ている。そのつれあいが、10年南アフリカ大会決勝戦 延長後半116分イニエスタの決勝ゴールによる無敵艦隊スペイン初優勝を目の当たりにして、ようやく気がついた。「これは大河ドラマなんだ!」そういうことなのである。どんな相手とどんなゲームを重ねて勝ち上がってきたか、そこに至るまでにどんなドラマがあったのかを目撃していないと、イニエスタの決勝ゴールの歓喜と対戦相手オランダの落胆にシンクロナイズすることはできない。こうして私たちも達成感とともにその大会を終え「歴史」を身につける、それが次の大会を迎える基礎となる。キリがないので毎年開催の欧州チャンピオンズリーグをすべて観ることまではしていないが、決勝トーナメントに入ってからは同様の扱いだ。

ままならない時差と不必要な情報過多

そこで問題となるのが時差だ。現地時間はこちらの深夜や早朝であることが多い。中継試合数も少なかった若いころは「生」で観ていたが、数も増えて歳も重ねるにあたって、そんなことをいちいちしてたら身体を壊す。じゃあ「録画しておいて後で観る」ことにすると、ここに悩ましい問題が出来(しゅったい)する。経過や結果を知らずにワクワクしながら観たいというのが人情だろう。しかしながら、誰もサッカーのことなど話題にしなかったかつてと違い、ネット速報も含めて情報が飛び交う現代である。必死の努力の果てそうした「余計なお節介」を遮断することに成功したとしても、仕事先でこちらの心情を慮(おもんぱか)ることなく、結果だけ見て「ユヴェントス負けちゃったね」などと世間話のつもりであっけらかんと口にする輩がいるのだ。その試合は風呂に入ってから今晩ゆっくり晩酌とともに観ようと楽しみにしていたものだというのにだ…。こういう人とはしばらく口もききたくなくなる、これだって人情だろう。

パリ・サンジェルマン対バイエルン・ミュンヘンの決勝戦

だから、どうしても気兼ねなく観たいという試合は、録画しておいて朝すぐに観ることにしていた。可能なら午前半休で有給休暇をとって、仕事の予定をどうともできなかった場合は出社時間に観終えることができるよう計算して早起きしたりして。白熱したゲームが90分で終わらず、家を出なければならない時間なのに延長戦に突入して忌々しい思いをしたり、延長戦を予測し余裕をみたのにPK戦にまでもつれてやむに止まれず遅刻したり、そんなことが何度もあった…。「定年退職」した今、そんなストレスがもうない。普通に起きて、いつものテレビの代わりにDAZNのサッカーに合わせ、気にすべきはハーフタイムに洗濯機を回すことくらい…。なんとも清々しい。2019-2020シーズンの決勝は、カタール資本が入って近年ブイブイ言わせてるパリ・サンジェルマンとドイツの絶対王者バイエルン・ミュンヘンの対戦。わかった顔して試合を解説することが本意ではないから、経過や結果については語らない。ただ、準決勝でも凄まじいパフォーマンスを見せたパリのアンヘル・ディ・マリアを封じるために、バイエルンが大会再開後初めてスピードスター キングスレー・コマンをスタメン起用した、もうそこからして「おお」と唸っていた。えてして決勝戦は慎重に闘われてつまらない試合になることが多い、それがどうして目を逸らすことのできない本当に素晴らしいゲームだった。こんな世情にもかかわらず、今シーズンも納得のいく大団円で締めくくられる。サッカーはやっぱり面白い。これらの大会が「資本」の論理に従って無闇に規模を拡大し、中身を薄めることがないことを願ってやまない。金子勝彦氏はこう言い換えるだろうか。ああ、もうすぐ隠居の身。「サッカーを愛するみなさん、おはようございます」

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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