隠居たるもの、間髪いれず先に進む。白馬 散種荘 第二期工事が完了したのと同時に、この省察「もうすぐ隠居の身」はこれをもって第300段となる。予期せず節目がシンクロしていて「なんとも象徴的なことよ」と感慨もひとしおだ。さて「庭をどうするか」私たちはこれからここに取り組む。またしても雨による災害が熱海を襲っているそうだが、ここしばらくのこちら白馬は雨が降ったりやんだり。昨日2021年7月3日土曜日の夕刻なぞは蚊取り線香を焚いたウッドデッキに出て、「感慨」に浸りながらゆったり「庭を展望」したりした。今日7月4日の朝に、私たちから依頼を受けた池田建設社長が、造園業者を紹介してくださることになっていたからだ。現れたのは今どき稀な豪快きわまりない職人さんで、私たちの「感慨」はきれいさっぱりと消し飛んだ。
「こりゃあ順番が違うんじゃないか?」
朝9時の約束より少し早く、池田建設社長が造園業者とともに来訪された。池田社長が「それについては私がこれから説明するから!」と後ろを振り返りながら敷居をまたぐ。後ろからも大きな声が聞こえてくる。「だから、こりゃあ順番が違うんじゃねえか?前に建物をすっかり建てちゃったあとに後ろの方をやれっていうのはどういうことだ?重機も入れられねえじゃないか!」私は東京の下町に生まれそこで育った。子供の頃、周りにはこんなおじさんがいっぱいいた。懐かしい。挨拶もそこそこに、池田社長がことここに至る経緯を私たちに代わって説明してくださる。腕組みをして聴き終えた職人のおじさんは「よし!そういうことならわかった。で?どうしたいの?」ときっぷ良く態度を変える。ゾクゾクする。これでこそ職人だ。
「うん、モニュメントを植えたいんだな!」
なにも日本旅館のような庭を作ろうってんじゃない。主につれあいが構想を説明する。「例えばこのように、木陰を作るシンボルのような一本を植えてもらって、周りは芝生ってことになるんですかね、あまり管理はされていない感じで無造作に緑が地面を覆っていればいいんですが」コンマ何秒というスピードで答えが返ってくる。「うん、モニュメントを植えたいんだな!」そうか、モニュメントと呼ぶのか。気候風土に合った木を土地の人にチョイスしてもらいたく依頼している。おじさんは持ち前のスピード感で「あれ」や「これ」を提案する。私たちは振り落とされないよう必死についていきながら、「Yes」と「No」の意思を表示する。結局、モニュメントの木は紅葉ということになった。「芝生の方は、いくらか土を入れてタネを撒く、それでいいね?」
「まずは絵を描いてみるからさ」
その他にもいくつかの要望を伝え「一番いいのはそこには植えないことだな」と笑っちゃうくらいに身も蓋もない(他意のない)朗らかな答えをいただいたりしながらも、おじさんは30分ほどで「まずは絵を描いてみるからさ。池田さんに渡しておくよ」と風のように去っていった。池田社長は「近いうちにこちらにまたいらっしゃるんですか?それは良かった。その時に絵を見ながら打ち合わせして、植える場所に立ってしっかりと決めましょう。昔気質の職人さんなもんでね、やってる途中に『ここをこう変えてほしい』というのはしない方がいいから」と言う。私は「東京の下町で育ったもんで、そこんとこは心得てます。職人さんってえのはいったんヘソを曲げてしまうと仕事に対する熱意を一気に失くしますからね」と応じる。池田社長はニヤッと笑った。
「秋までだな、秋までに仕上げる」
昨日7月3日は朝から晴れ、日中に降られることもなさそうだったから、昼前から長い散歩に出た。今まで越えたことのない、大糸線の線路の向こうに足を伸ばす。稲の張られた田園風景の美しさに感嘆し、途中で蕎麦を食し、駅近くのアウトドアウェアショップをいくつか定点観測してスタッフとゲラゲラ談笑し、帰宅したのは4時を過ぎたころ、心地よく疲れた。ひとっ風呂浴びて汗を流し、ウッドデッキで涼みながらビールを飲んで、そして「庭を展望」していたというわけだ。
この省察300段を記す間、準備を進め、「定年退職」を果たし、散種荘が完成し、フリーターとしての第一歩を踏み出し、散種荘の第二期工事も完了した。帰り際、庭を託す職人のおじさんは、抱えている仕事に頭を巡らせ「秋までだな、秋までに仕上げる」と告げ、くわえタバコで車に乗り込んだ。ああ、もうすぐ隠居の身。ちょうどその頃に散種荘の季節も一巡する。