隠居たるもの、風がやむのを待っている。ここ数日来、白馬では断続的に雨が降った。新型コロナ禍の2021年といえども暦の上ではゴールデンウィーク、その前半はほぼほぼ悪天候で占められた。散種荘が建つこのあたりの標高は792mくらいで、標高599メートルの東京の高尾山、877メートルの茨城の筑波山、そのふた山の頂の間ということになる。つまり、すっかり「山の中」なのだ。山の天気は変わりやすく、天気予報を当てにしてひどい目に遭うこともある。一昨日5月1日午後3時のことだ。出先でみるみると湧き出した雨雲に包み込まれ、あちこちから聞こえてくる雷鳴に怯えながら、傘を持たない帰路を急ぐ羽目になった。一転きれいに晴れた渡った今日の朝、私は散種荘で風がやむのを待っている。
八方尾根スキー場のゴンドラ「アダム」が動かない
昨日、ようやく「ホーホケキョ」と鳴くようになったウグイスの一声で目を覚ました。しかし晴れ間はつかの間のことで、午前9時を過ぎたころに再び降り出した雨は日中通してやむことがなかった。最高気温は8℃、家にいて少しばかり薪を焚き、窓の向こうを眺めながら本を読んだりして過ごす。標高1800メートルになる八方尾根スキー場の上の方は雪になっていたと聞く。一夜明けて、同じ子かどうかはいざ知らず、またしても「ホーホケキョ」の一声で朝を迎える。ウッドデッキに溜まった水は凍っていたが、雨は上がり陽が力強く射し込み始めている。山の上は夜通し雪だったに違いない。裏山のスキー場 八方尾根は今週いっぱい営業しているから、今シーズン最後のゲレンデ行を「よし!」とばかりいそいそ準備する。
インターネットというのは使いようによって本当に便利なもので、無闇に出かける前に、八方尾根スキー場のライブカメラをチェックする。?!…、ゴンドラに動く気配がない。「スキー場上部強風のため、営業運行を見合わせている」とのこと。だから風がやむのを待っている。スキー場は午前10時に最終決断を下すという。今日の来し方の見当もつけねばならないから、その時間になってすぐに八方尾根スキー場のホームページに再びアクセスする。集って待ちわびていた人たちが、ゴンドラ乗り場を写すライブカメラから瞬く間に立ち去っていく。「今後も天候の回復が見込めないため、終日クローズとさせて頂くこととなりました。大変残念ではございますが、ご理解賜りますようお願い致します」と正式発表された。いたしかたない。山の天気は変わりやすい。この数時間で、あのウグイスはずいぶんと鳴くのが上手になった。
ならばとキャノンデールBAD BOY 2007年モデルにまたがってみる
「蠢動:#山の家プロジェクトの第二幕が上がる」で紹介した小谷ファットバイクセンターの新井さんが、私の愛車キャノンデールBAD BOY 2007年モデルのオーバーホールを完了し、(我々の到着に合わせた)4月28日夕刻にすでに届けてくれていた。しかしその夜からこのかた、雨雲がいつもどこかにうろついていて乗ることが叶わない。どちらにしろゴールデンウィーク後半の食材を買い出しに行かないといけないのだ。せっかく晴れているのだし、こうなったら自転車で出かけてみようじゃないかと画策する。サドル高なぞをあらためて調整する必要もあり、私は喜び勇んで散種荘の周辺を行ったり来たりした。
その結句、自転車で買い出しに出かけることは断念した。山から吹き下ろされる風がトグロを巻いている。横から吹きつけられたらたまらない。山の天気には敵わないのだ。いたしかたない、あらためて風がやむのを待つことにする。
あの娘のバイオリン演奏を聴く
標高792メートルの散種荘から、結局は徒歩で、標高737メートルの馴染みの店 Neo“和“食堂「一成」に下りて「かつ鍋ランチ」と「白馬豚のソースカツ丼」をそれぞれ食し、それから標高707メートルのこれまた馴染みのA-COOPハピア白馬店まで下りて食材を買い足し、そしたら予期せずまた雨が降り出すものだから慌てて標高698メートルの白馬駅まで下りてタクシーに乗り込み、標高727メートルのチーズレストラン「プラ フロマジェ ウアレ」まで上がる。
ヨーロッパから北海道から、この店は味のあるチーズを集めている。そしてこの店で焼き上げたクロワッサンが美味しい。コーヒーをいただいて休憩し、それらをテイクアウトしようと寄ったのだ。先客がいて外にまで大きな声が聞こえてくる。広々とした店だし「離れて座ればいいや」と入ってみると、いかにも図々しそうなおじさんが、その図々しさを前面に出してからんでいるではないか。この店は女性2人が営んでいて、懇意になってみると、そのうちの1人がバイオリンを奏でるミュージシャンであることが知れた。図々しいおじさんは、その娘に「1曲、聴かせてくれ」と頼み込んでいる。私たちも「是非に」と加勢する。おじさんは「それじゃあ、こっちとあっちで合わせて2曲」とどこまでも図々しい。あの娘は美しく2曲を弾いてくれた。たまたま居合すことができて得した心持ちになった私たちは、そっと置いてあるCAPRICEという彼女の音楽ユニットのCDを1枚買い求めた。図々しいおじさんは可愛げたっぷりに「いやあ良かった」とやはり大きな声を発するだけで帰っていった。風がやむのを待つ間にはいろいろなことがあるものである。雨が本降りにならないうちに、私たちは標高792メートルの散種荘に上って帰った。
標高云々うるさかったのは、「ステイホーム」の無聊を慰めるために「標高ワカール」というスマホアプリを入れたからだ。天気予報に目をやると、明日5月4日の「晴れ」には揺るぎがない。明日こそ今シーズン最後のゲレンデ行を果たせるか。ああ、もうすぐ隠居の身。風がやむのを待っている。
参照:「蠢動:#山の家プロジェクトの第二幕が上がる」https://inkyo-soon.com/act-2-mthproj/