隠居たるもの、遅ればせながら新年のごあいさつ。2023年、明けましておめでとうございます。

年末年始は東京で過ごす。いつもと変わらない。元旦の朝に墓参に赴き、その足で深川七福神の福禄寿、墓所を運営するお寺さんにお参りする。小銭を集めてお賽銭に72円を供そうとしたところ、つれあいが「あたしはこれだよ」と奮発して100円玉一枚をつまんでいる。なにも張り合うことはないのだけれども、慌てて50円玉を100円玉に差し替え122円にして賽銭箱に放り入れた。「へん!」と手を合わせてなにやら願いごとを捻り出そうとするものの、あちこちにガタがきているとはいえ身体に抜き差しならないところがあるわけでもなく、石にかじりついても達成したい仕事上もしくは学業上の目標が今さらあるわけでもなく、「ええと、まあそんなところで」となんともしまりがない。

クネクネしながらイヤァオ!

ここ最近の正月と変わっていたといえば、元旦早々プロレス興行を観に日本武道館へ足を運んだことくらいか。もう21年にもなるだろうか、とんと会場に身を置いていない。幼少のみぎりより今は亡き父親に英才教育を受け、プロレス観戦にかけては人後に落ちない私ではあるが、声を張り上げ走ったり跳ねたりするばかりの昨今のスタイルにどうにも感情移入ができない。申し訳ないが、真面目な子が教わった通りにがんばっているようにしか見えなくて、そこに「グルーヴ」を感じられないのだ。そんなところにもってきて、同年代のスターレスラー 武藤敬司の2月引退に向けて、グレート・ムタ VS SHINSUKE NAKAMURAなどというとんでもないカードが組まれた。 SHINSUKE NAKAMURAとは新日本プロレス出身で米国WWEに引き抜かれそのままスーパースターとなっている中邑真輔のことで、この試合のためだけに日本に帰国するという。いてもたってもいられない。

両者ともに、とにかく役者が違う。結局のところ「ケレン」というのは酸いも甘いも何もかもを噛み分けた本寸法がやってこそ初めて面白い。プロレスラーといえばこの二人だけが好きなつれあいも納得の上で同行、会場の空気が一変したゾクゾクするメインイベントに、2階最後方からつんのめるように魅入っていた。結局、こんな試合ができるのもこの二人が最後だろうと見せつけた上で、脂の乗り切っている中邑真輔が、武藤敬司の引退に圧巻の華を添えた。おそらくこれが人生最後のプロレス生観戦になるだろうと踏んでいた私たち夫婦も「思い残すことはない」とばかりに大満足、ということで毎年策定される年間テーマ、いっとき2023年は「クネクネしながらイヤァオ!」に決定しかけた。(ちなみに「イヤァオ!」がSHINSUKEの決めゼリフで、彼はそれをクネクネしながら叫ぶ。)

例年になく場違いな感じ?

毎年1月2日と3日、近くにある東京都現代美術館の常設展が無料開放される。その観覧に赴くことを私たちは「初詣で」と称しているわけだが、今年に限っては、つれあいが今現在開催されている「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」展を観たいという。ビデオインスタレーション作品ばかりで観覧にけっこう時間がかかるらしい。近所に暮らす友人カップルが2日の午後に遊びにくることになって、「初詣で」は3日の午後にすることにした。「近所で散歩」という風情で足を運んでみると、美術館の雰囲気がいつもと違う。お正月だからということではない。ブランドに身を包んだきらびやかにイケイケな感じ、文化服装学院をはじめとする服飾系専門学校に紐づくような雰囲気、そんな方々ばかりなのだ。その方々の目的は「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」展、当日券はとうに売り切れたという。服飾系専門学校に紐づいているつれあいではあるが、確認してみると「興味ない」とそっけない。予定通り「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」展を観る。ジェンダー、レイシズム、格差、現代社会に蔓延するそんなこんなを白日にさらす鋭利な作品群だ。そして確かに時間がかかって、ところどころ端折らなければならない。会期中有効の無料ウェルカムバック券をもらったから、お言葉に甘えて近いうちに再訪してみようと思う。

この期に及んでそもそもテーマなんて必要?

4日に白馬に移動した。あずさ17号の車中で考えごとをする。「これまで毎年、テーマと称してその年の目標に合わせてキャッチフレーズみたいなものを掲げてきたのだけれども、そのあげくにこうして散種荘もこしらえることができたわけだし、仕事を積み重ねていたころには確かにそれが励みにもなり効能もあった。しかしどうだ?仮にも今は『隠居の修行中』、この期に及んでそもそもテーマもへったくれもあるのか?だから『クネクネしながらイヤァオ!』でもいいことはいいのだが、仮にも『ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台』展に感じ入ったあとに、しかも屁理屈を並べ立てなければ他人が首をかしげたままのテーマだったら最初からなくたってよさそうなものだ。しかし習慣にしてきたことでもあるし、今年はまだ59歳、キリが悪いところで『やめることにした』ってえのも癪にさわるし、はてさてどうしたものか…」ということでモヤモヤした暗中模索は続いたのである。

Wish You Were Here

引き受けていた書き物を年末年始に仕上げた。私のことを大変に可愛がってくださった23年上の大学の先輩が昨年9月に急逝された。その追悼文をしたためたのだ。私はその文章のサブタイトルを「Wish You Were Here」、往年のイギリスのプログレッシブ・ロックバンド、ピンク・フロイドが死んでしまった元メンバーのシド・バレットに思いを馳せて「あなたにここにいてほしい」とつけた曲名から拝借した。「すでに喪失されていて絶対に不可能な願望」であるから動詞が過去形になっている。先輩は白馬での私の暮らしに大変な興味を抱いてくださり、「孫と必ず遊びに行く」とことあるごとにおっしゃってくださった。昨夏あたりにそろそろご招待しようかと考えていたところに新型コロナ「第7波」、酷暑が続いたこともあって「少し落ち着いた紅葉の季節に…」とご招待を先に延ばししていたら急に亡くなってしまった。その他にだって、昨年2月には頼りにしていた後輩を見舞いにも行けないままガンで失った。中学高校の同級生二人は奥さんと死別した。34年ぶりに再会を果たした友だちもいれば、遠慮しているうちに逝ってしまった人たちもいる。もういいだろう。もちろん無思慮に行動するわけではないが、今年は顔を合わせたい人とは遠慮なく顔を合わせよう。そんな心持ちをこめて、今年のテーマは「Wish You Were Here」とする。ああ、もうすぐ隠居の身。今年もよろしくどうぞ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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