隠居たるもの、スマホの所在に膝を打つ。日々に勤めに出ているわけでもないから、6月ともなるとほぼ毎日半ズボンで過ごしている。というわけで2023年の夏に向け、山と道という日本のアウトドア衣料メーカーの半ズボン、DW 5-Pocket Shortsをひとつ新調することにした。5-Pocketというからにはポケットが5つついているわけなのだが、その内訳は、普通のズボンと変わらず前にふたつと後ろにふたつ、それに加えて前と後ろのポケットに挟まれた右側面に細長くもうひとつ、で構成されている。もちろんどのポケットに何を潜ませようとそれは穿く者の自由には違いないが、他のメーカーにはないこの最後のポケットに収めるべきものを、山と道は当然のこと想定している。スマートフォンだ。目から鱗、これがとても重宝するのである。

スマホの在所にケリがつく

いわゆるガラケーからスマホに移行しているとしても、携帯電話というからには、常時携帯していることが潜在的に望まれるわけで、だから無頓着のあまり容易に連絡がつかない者の携帯電話を指して、例えば「ヤスの不携帯電話」というように、ときに私たちは軽口で揶揄することもある。しかし、ここには看過できない(それなのにあまり大きくは取り上げられない)問題が、常に深化しつつ横たわる。私が使うiPhoneなぞは、確かに機能が拡張されるからなのだろうが、毎年ニューモデルが発表されるたび、心持ちサイズが大きくなる。そして日々に勤めに出ているわけでもない私なぞは、機能的なカバンを持ち歩く生活から遠ざかり、手ぶらでプラプラするのが常態化して久しい。上着を着る季節ならまだしも、「シャツと半ズボンだけ」という季節になると、スマホをどのポケットに入れるのか、つまり半ズボンの限られたポケットの中からどれを選ぶのか、それが悩ましいのである。

取り出しやすさを考慮し、右利きの私はスマホをおおむね右の前ポケットに入れるのだが、穿くズボンによっては、登り道で著しく歩きづらくなったり、座るとつっかえ棒になって窮屈だったり、そのあげくに滑り落ち、それに気づかず酔っ払ったまま店を出てしまって慌てふためいたり…。それでは尻ポケットならどうかというと、当然のこと壊さないよう腰を下ろすたびにいちいちスマホを取り出し置く場所をどこかに探さなければならず、その結果やっぱり忘れて酔っ払ったまま店を出てしまって慌てふためいたり……。どちらにしろとにかく落ち着かない。山と道の5-Pocket Shortsは、腰回りの動きに干渉しない右側面の細長いスマホ用ポケットをもってして、どっちつかずでモヤモヤするかかる問題を瞬時に解決する。感心のあまり「左利き向けに、左側面にポケットを回したモデルがあってもいいんじゃないかい?」と素人の妄想は膨らむ。

江東区常盤の創業1887年の老舗 田口屋で酒を物色する、の図:https://syupo.com/archives/38260

そもそも山と道というメーカーをご存知か

まずもって、このメーカーの商品を置いている店を見つけるのが難しい。そして広告を目にすることもそうそうにない。なのにすぐに売り切れて簡単には手に入らない。私がホームページから買い求めたのはDW 5-Pocket ShortsというモデルのDull Goldというカラーで、オーソドックスな5-Pocket Shortsとトレイルランニング用に軽量化させたLight 5-Pocket Shortsの中間に位置し、オーソドックスなものよりは重量が軽く、Lightよりはいくらか重いものの布地が丈夫にできている。この今季モデルも、6月10日に販売が開始されたばかりにもかかわらず、すでに全色全サイズ売り切れたようだ。それではべらぼうに高価なのかというと、確かに送料込みで14,600円という価格設定が安いとはいえないが、手の届かない「高嶺の花」というわけでもない。

*田口屋の角打ちでブルックリンラガーをいただいた。結局ビールに夢中になるあまり、尻ポケットにスマホをしまおうとしている慣れない姿がお茶目である。

このメーカーには「むやみやたら大量に生産して売れるだけたくさん売って儲ける」という発想がないんだと思う。仲間といって差し支えない者たちだけで会社を運営しているのだろうと想像するし、山で遊ばないことには新たな商品の企画もできないから、しっかり休んで残業も大してしないんじゃないかとも思う。だから縫える「数」に限りがあって、とはいえ携わる人たちの暮らしを維持するためには相応の収入が必要で、そんなこんなを計算した上で製品価格を算出しているのではなかろうか。しかし小売店に頼らず、自身のホームページや鎌倉の直営店などで顧客と直接につながり、売り切れるからセールなんかはやらず、そう簡単に手に入らないことが「大切に長く使ってほしい」というメッセージに変換され、広告も出さないから製品価格に宣伝費という「あぶく」も紛れ込まない。どうだろう、健全でどこにも「搾取」が見当たらない。「働き方改革」とはいわばこういうことなのではなかろうか。

New Order「Power,Corruption&Lies」

やむなく登山靴を新調したことではあるし、なにせ日々に勤めに出ているわけでもないし、身に着けるものでこの夏に買い足すのはここまでだ。そもそも身体はひとつしかないところにもってきて、私は物持ちがいいのだ。それに春以降に購入したもの全部合わせたって、実は今回で紹介した写真に載せたものですべてなのだ。洗いやすくてすぐに乾くNORRONA(ノローナ)のキャップ、友だちが働くアパレル商社のファミリーセールに誘ってもらって買い求めたikeというニューヨークのシャツメーカーの青くて派手なチェックシャツ(とんでもなく安かった、おそらく80%オフ?)、BEAMSで見つけてしまったNew Orderの2ndアルバム「Power,Corruption&Lies」Tシャツ(直訳すると「権力、汚職、嘘」)、そしてこの山と道の半ズボン。このところBEAMSといった類の洋服屋は、オンラインショップの商品ページに、その商品を着用しすました顔してポーズをとるスタッフのコーディネート写真を掲載したりする。恥ずかしながら59歳、肉勝に買い物に出かけた帰り道、橋のたもとで「すかしてんじゃねえよ、このヤロー!」とふざけて真似してみた。あ!そうだ。もうひとつ、川をそのままバシャバシャ渡れるようなスポーツサンダルもひとつ新調していたのであった。それについてはまたの機会、冷たい平川を渡るレポートとともに。たぶん、そうさなあ…。ああ、もうすぐ隠居の身。多分そのときも山と道の5-Pocket Shortsを穿いているに違いない。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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