隠居たるもの、だけど如何 もう今年は赤いでしょう。11月の最高気温が更新されたのは100年ぶりという東京を後にして、尋常ならざる陽気の2023年11月4日、ことあるごとに散種荘にやってきたがるいつもの姐さん方が、あずさ5号で白馬駅に降り立った。山間の村も20℃を越えてやけに暖かい。とはいえ季節は進み、山を彩る紅葉はまさしく見ごろ、出迎えに駅まで下りる間、これまで何度も目にしているにもかかわらず、私たち夫婦はいちいち感嘆の声を上げる。そしてここでなぜか、私に桜田淳子が歌う「気まぐれヴィーナス」が舞い降りる。この曲においてようやく赤くなったのはトマトなのだが、この夏が残酷なほどに暑かったがゆえ綺麗に紅葉するか心配し過ぎたあまり、ついホッとして「だけど如何 もう今年は赤いでしょう」と頭に浮かんだのであろう。

ウェルカム焚き火

姐さん方が来白するのもこれで4度目、なにも慌てて観光にくりだす必要もない。暖かいことだし、焚き火台を引っ張り出して庭でのんびり「ウェルカム焚き火」と洒落こんだ。本来なら3人で7月末にやってくることになっていた。しかしまさにその時にホストである私たち夫婦が新型コロナに罹患してしまい、予定は直前になって延期された。するとどうだ、来白を約束したメンバーがその後に順繰り新型コロナにかかるではないか。アラウンド還暦はそれぞれ繊細に責任を抱えているから、リスケを重ねた結果、残念なこと今回一人はキャンセルとなった。その間の「あーでもないこーでもない」で話が弾む。「コーヒーでも」とカップを並べてお湯が沸くのを待ってはいるが、大雑把にやってるもんで時間がかかる。ビールを「ぷはー」とやるのは、熊に気をつけながら温泉に出向いた後にとっておくことにした。

仁科三湖の紅葉狩り、まずは青木湖

JR大糸線に並んで延びる国道148号線を白馬村から松本に向かって走り、トンネルをくぐって大町市に入ったあたりの西側に仁科三湖はある。最初に現れるのが三湖の中でもっとも大きい青木湖だ。11月5日、せっかくレンタカーを借りていることだし、湖を取り囲む山の紅葉も素晴らしく、Googleマップ上で湖にピンポイントで刺さる「スケキヨの足」スポットのそばで「俺は青沼静馬だよぉ」と呟いてみたいのもヤマヤマ、私たちは湖沿いの林道をゆっくりと一周してみることにした。

獅子ヶ鼻というポイントがあり、そこから容易に湖に下りていけるようで、駐車場というスペースなど用意されてはいないんだけれど、すっかり落ち葉に覆われた広めの路肩に車を停めている人がいた。ひとり静かにカヤックの準備に余念がない。それに倣って私たちも適当な路肩を探し、車から降りて赤い木々に囲まれた細い道を歩いてみる。

山の紅葉が映り込んだ透明度の高い湖面に、一人静かにただたゆたう、それを楽しみに彼は遠方からカヤックを積んでやってきたのだろうか(車のナンバーは「宇都宮」だった)。もう少し晴れていればより映えたに違いないが、かすみがかった薄曇りというのも乙なもの、ゆっくりとパドルを回し彼は湖と一体となろうとしている。しかしそのとき、騒々しいおばさん軍団が舞い降りた。

湖の反対側にあるスポットで一緒になっとときも、ひっきりなしに「ギャハハハ」と無駄に大きく響く笑い声に辟易した。しかし、たまたま遠足でここにいる私たちは我慢もしよう、ああしかし、カヤックの「静寂」だけは蹂躙してほしくない。なのにおばさん軍団はやはり「ギャハハハ」と騒々しく、彼がたゆたう湖のほとりに下りていく。そして「ここでいいね」と確認し合い、皆が何かを取り出した。「静かぁな 静かぁな 里の秋 ♫」、オカリナで「里の秋」を合奏し始めたのだ。狐につままれたような心持ちとはこのこと。彼女たちは一曲を吹き終え、「イェーイ、ギャハハハ」と騒々しく去っていった。しばらくして、青木湖に「静かな 里の秋」が訪れた。

木崎湖のKASUKE 3rd

青木湖を辞し、三湖の中でもっとも小さい中綱湖を横目に眺め、私たちは木崎湖畔に車を走らせる。お目当てはKASUKE 3rdという宿だ。宿泊するわけではないが、ランチコースをいただく予約を入れている。今回のメインイベントといって差し支えない。私は言われるがまま運転しているだけだが、つれあいが以前に大糸線の車中から見つけ調べていたという。

湖畔にたたずむアンティークが並ぶKASUKE 3rd、私がついた席のすぐ後ろに大判のペーパーバックが置いてあった。著者と思しき存在感のある男がこちらを睨んでいる、渋い。1994年没の神格化された飲んだくれ、チャールズ・ブコウスキーだった。こんなロクデナシの、しかも詩集を原書で置く店だ。どんな料理が出てくるのか、私は少しおののいたのだった。

*日本語訳は出版されていない。題名は「くそったれの喜び」、そんなところか。

私が抱いた不安は外れる。どの料理も、手間をかけていて繊細で美味しい。これまでここを訪れずにいたのは誠にもったいない。食事を終え会話を交わすと、店主は「え?ブコウスキー好きなの?はは、確かに、彼の作品とうちの料理は結びつかないね」と苦笑いした。

*料理名は長くなるので、写真だけ並べておきます。

「白馬、青木湖、そしてここ、移動しながら三軒目なんですよ。だけどやってあと2年ってとこかな。うん、単純に歳だからね。もうそろそろ…」とは店主の弁。頻繁に来れる距離の店ではないし、これから雪が降る季節になるとレンタカーを借りてまでというのも荷が重い。だから次に訪れるのは春と思われるが、知ってしまった以上もったいないのでまた来ようと思う。たっぷり食べたから腹ごなしに木崎湖を散歩する。こちらで静かにたゆたっているのは、ワカサギ釣りに糸を垂らす釣り人たちだった。

すでに損なわれたものたち

植物採集を来白の目当てにしている姐さんがいて、つれあいがあちこち案内をする。私も遠巻きにつきあうのだが、紅葉の盛りにこうしてウロウロしていると気がつく。今年の紅葉はどこもおしなべて美しくない。残酷なほど暑かった夏、多くの木々が、そこかしこで末端の枝葉が、とうに枯れてしまっているからだ。それらはみずみずしいまま黄色や赤になるはずもない。呑気にも気候変動を「まだ防げる」と為政者は楽観的に考えているのかもしれないが、枯れてしまった木々はをはじめ、すでに損なわれた多くのものは、もう戻ってこない。

「気まぐれヴィーナス」をあらためてYouTubeで観て驚いた。今日、すべてにおいてこれほどに高い資質を持ったアイドルが存在するだろうか(しかも46人とか48人のうちの一人ではなく)。私より6歳上だから彼女は65歳。今どうしてるんだろう、中学三年のときから知っていたのに…。私たち「アラ環」は肝に銘じておこう。ああ、もうすぐ隠居の身。おいそれと損なわれてはいけない。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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