隠居たるもの、降って湧き立つ初鰹。アルバイトも無事に終了したことだし、ひと月半ほどお休みしていたこの省察をそろそろ再開しようかと、「はてさて何についてしたためようか」と頭を捻っていた2023年6月7日のお昼ごろ、近所で暮らす姪から、ある意味「SOS」ともとれるメッセージがLINEに唐突に届く。宮城県は気仙沼に出向いて、ビンチョウマグロ・鰹漁を取材していた夫(テレビマンなのだ)が、豪快で気のいい漁師から、獲れたばかりの7kgにも及ぶ鰹を一本まるごと土産に持たされてしまった、ついては「今晩、もって行ってもいい?いっしょに捌こう😭」と泣きついてきたのだ。徒然なるままノートパソコンに向かっている場合ではなくなった。朝に獲れたばかりの、新鮮で美味しいに違いない、7kgに及ぶ鰹をどうにかしないといけない。

5・4・3・2・1 Thunderbirds Are Go !

テレワーク中だったろうに、どうしたものか狼狽しているその様子が、目の幅の涙を流す絵文字に如実に現れている。「YouTubeで『鰹の捌き方』を探して、それを見ながらやればいいよ」と漁師さんはおっしゃったというのだが、とにかく落ち着きなさい、海とともに生きる彼らとは拠って立つところが違う。小さな魚すら日常に捌いているわけでもない素人が、7kgに及ぶ鰹を「はい、そうですか」とそうそう容易に扱えるはずがなかろう。私たちからすれば巨大魚といっても差し支えないし、出刃包丁だって持っていない。私の中学高校サッカー部の後輩でもある夫は、その巨大魚が収まる横長の発泡スチロールを抱えて、「それ生の魚?」という非難めいた視線をときおり浴びながら、東北新幹線に乗って東京に戻りつつあるという。

熊本の義父母からまとめてうちに届いた立派なメロン、すなわち肥後グリーンを親子3人で引き取りに来たのは6月4日の日曜日、ついこのあいだという3日前のことではあるけれど、なにせ相手は生の魚である、躊躇している余裕なぞ皆目ない。「とにかく鰹を携えてまたしてもうちに来い、あとの段取りはこちらでなんとかする」とばかり引き取った。「SOS」を感知した以上、国際救助隊・サンダーバードは出動しなけらばならないのだ。

まずは捌き手を探す

とにもかくにも、捌かないことには始まらない。しかし私たち夫婦は翌8日に三週間半ぶりに白馬に赴く予定になっていたから、ぎっくりばったり慣れない悪戦苦闘の果て、台所に甚大な被害が及ぶことは避けたい。そして、せっかくなんだから美味しく食したいのも人情だ。ならば「うまく捌ける人」を探すしかあるまい。かかる経緯を経て、捜査線上にまっさきに浮かんだのは「魚処 若松」の大将だ。以前の省察で「森下4丁目の奇跡」とも紹介した、とっても腕がいいくせに2年前の4月にあっさり店を閉め、私と同様プラプラしながら今も近所に住んでいるあの大将である。「お元気?突然でなんだが、今晩お手すきだったら7kgの鰹を捌いてくれないだろうか?」と図々しく「近所のよしみ」を前面に出したメッセージを送ってみる。

しかし、2時間半待っても返事がない。鰹は刻一刻と近づいている。ここで同じ集合住宅でここ数年いっしょに世話役(いわゆる理事会ってやつ)を務めている若い友人に浮気してみる。釣り人だし捌けるのではないか、と見越してのことだ。はたして「出刃包丁を持ってうかがいます。7kgですかぁ〜、捌き甲斐があって腕がなるなぁ。バーナーも持っていきましょうか?」と即座に返信が届く。こうして頼もしい捌き手が見つかった。

かくなる上は食べ手を探す

捌き手を引き受けてくれた若い友人の指示のもと薬味も取りそろえた。かくなる上は食べ手の確保だ。なにせ7kgである、頭・内蔵・骨を差し引いたって優に4kgはあるのではなかろうか。生魚であるから3歳とほぼ9ヶ月のメロン坊やはまだもって戦力外だし、ちょっとやそっとの人数で食べ尽くせる量ではない。とはいえ一目瞭然に突然な話、やたらめったら声をかけたところで埒もあかない。こういう時こそ向こう三軒両隣、またしてもLINEで繋がっている集合住宅の友人たちを誘ってみる。2人来てくれることになった。姪の高校時代の同級生もひとり、我が庵に駆けつけるという。こうして大人8人、持ち帰り分も考えればどうにかカッコがついた。そうこうしているうちに、私が送った「捌き手は見つかった。お騒がせしてどうにも申し訳なかった」というメッセージを見た若松の大将から、「遅くなって申し訳ない。船舶免許の更新講習を受けていた(彼も釣り人なのだ)。次の機会はお任せあれ」と残念そうな音沙汰があった。私は「近いうちに会おうね」とさらなる返信を彼に打っておいた。

降って湧いた初鰹パーティー

縞模様も鮮やかに、体長およそ60cmでパンパンに詰まった身、気迫あふれる解体ショーの末に胃袋から消化される前のカタクチイワシがそのまま出てきた。脂がのっていて新鮮そのもの、この鰹が美味しくないわけがない。バーナーで皮を炙った刺身が供され、背骨からこそげ落とした中落ちも小鉢に並ぶ。さらに珍味として心臓と胃袋も刻まれて食卓を盛り上げる。若い友人の腕前に驚嘆する。やはりとんでもなく美味しい。ご飯を所望した姪は、ちゃっかりと中落ち丼をこしらえてかきこんでいる。誘ったのだけれど仕事の終わりが遅く残念ながら参加できなかった、やはり同じ集合住宅の友人から「実はこっちが本職ですものね、さすが料理長、ちきしょう〜」と冗談めかしたメッセージが届く。

12年前の東日本大震災で甚大な被害をこうむった気仙沼の鰹に舌鼓を打ち、7年前の熊本地震も想起しつつ肥後グリーンをデザートにいただく。私たち夫婦とそのご近所さん、メロン坊や御一行と姪の同級生、普段は同席することすら想像できない世代もまちまちな面々が、突然の話であったからこそだろう、顔を合わせてワイワイ楽しそうにやっているのがなによりも可笑しい。ブログ再開になんともふさわしいではないか。さてと、これでサンダーバードは任務完了。ああ、もうすぐ隠居の身。しかし後輩よ、戻り鰹のときもまたよろしく頼む。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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